地球上でもっとも恐ろしい風、ユジャク

デニス・コジェヴニコフ撮影/TASS
 家から出ると、いきなり風が足をすくい、帽子もバッグも引き飛ばされて、雪の積もった道に転がされてしまう様を想像してみてほしい。あなたは電灯の柱にしがみついて、力がある限り、まるで風に舞う洗濯物のようにそこにぶら下がっているしかないのである。

 チュコトカ半島の北部にあるぺヴェクという村の住民にとって、そんな状況は日常茶飯事である。これはユジャクと呼ばれる地球上で最も強い風。秒速6080メートルに至る勢いで一年中吹き荒れる。夏の間はただ埃や砂を舞い上げる不快なものだとしたら、冬は非常に低い気温と相まって、きわめて危険なものになる。

もっとも北の風

 「もしここに木があったなら、木の根ごと吹き飛ばされるでしょう」と話すのはぺヴェクで運輸関係の仕事をするモスクワ出身のセルゲイ・トルノフさん。「最初にここにきたのは2013年の2月ですが、飛行機が着陸したとき、黒い丘が見えました。夜中にはガラスが揺れる音も聞こえました。窓に近づいてみましたが、何も見えません。ただものすごい風の唸り声が聞こえました。それがわたしとユジャクとの最初の出会いでした」。

 地元の人々は、丘の上に数日間、動かない積乱雲が見えたら、まもなくユジャクがくるという前触れだと話す。ユジャクは数日間続き、それから弱まっていく。ユジャクは非常に面白い風で、数キロ続いたあと突然消え、また現れる。これはどういう意味かというと、「庭に出ても風は吹いていない。しかし開かれた場所に行くと風の流れを感じ、体全体が締め付けられるのです」とセルゲイさん。

 ぺヴェクは公式的にロシア最北の都市とされており、天候は厳しい。気温マイナス40℃の冬は10月から5月まで続く。しかしこのような天候がロシア北方の多くの地域でもそう珍しいことではないとしたら、このような風が吹く地域は他にはない。このような風が吹くのは地形のせいである。

 都市は海岸沿いにあり、果てしないツンドラと街を二分する長い丘の麓に位置している。風はツンドラで力をため、この丘を吹き抜ける。丘の頂上の雪を吹き払い、まるで波のように駆け巡る。

 風の強さが秒速20メートルになると学校の授業は中止、3035メートルになると一部の機関も閉まる。しかし街の生活が止まることはない。多くの人が職場へと向かい、友人と会う。

逃げ場はない

 最も危険なのは5分から15分続く突然の風の高まりである。家から出たときには何もないように感じても、角まで来たときに風に襲われる。足だけで持ちこたえるのはかなり難しいため、這って歩くことになる。出かけるときにスキー用のマスクをして行くという人もいる。これは風で舞う砂や石から守るためである。

 「そのような突風のときに大切なのは掴まれるものがあるということ。そうでないと、飛ばされてしまい、何もできなくなるから」と話すのは仕事のため、夫とともにウラジオストクからぺヴェクに引っ越してきたエヴゲニアさん。「こんなことがありました。人々は柱にしがみついていたのですが、風に足元をすくわれ、体が宙に浮き、まるで風に揺れる旗のようでした」。

 しかし、ユジャクが空中に持ち上げることができるのは人間だけではない。セルゲイさんは回想する。「一度、UAZの自動車が横転しているのを見たことがありますし、窓越しに、重い海上のコンテナが通りに投げ出されていたこともありました。中身は空だったかもしれませんが、それでも正気ではいられませんでした」。

 学年の始めには、子どもたちにこのユジャクに関する授業が行われる。「家庭でも、ユジャクが吹き荒れるとどういうことが起こる可能性があるか話すようにしています。もちろん子どもたちも通りで何が起きているかは自分の目で見ているわけですが」とエヴゲニアさん。 

 エヴゲニアさんは続けて次のように話す。「もっとも恐ろしいことは、このような風のときにツンドラにいることです。あっという間に、道は砂で覆われ、あなたは風と1対1で向き合うことになります。ツンドラでは周りは真っ白でどこにいるのかまったく分からなくなるのです。ですからこのようなときには、交通機関の中にいて、まだ燃料がある以上、その場から動かないことです。そうでないと死んでしまいます」。

 セルゲイさんは一度、ツンドラの中でこの風に遭遇した。吹雪が起こり、道は見えなかった。「車の中にいるのは非常に恐ろしかったです。ガラスは風に押され、いまにも割れそうでした」。

カモミールとロマンティックな人の街

 ソ連時代、街には12,000人以上の住民が住んでいた。ここにでは大きな金、水銀、石炭、ウランが採掘できた。しかし1990年代の経済危機により、街から人が去り、今ではもっとも強い4,000人ほどしか残っていない。しかしこの人口の数は減ってはいない。「ここで生まれた多くの人々は、ぺヴェクを故郷だと思っており、大陸に引っ越したいとは思っていない」とエヴゲニアさんは話す。金採掘企業では主に交代で働く勤労者が働き、街にいるのは愛国主義者と冒険好きな人々だそうだ。賃金は以前ほどは高くないが、何もかも透明で、すべての人が互いを知っているので、子どもの危険を心配することはないという。

 地元の人々は、ぺヴェクは、カモミールとロマンの街だと言う。夏になって100万の白と黄色のカモミールが咲き乱れる頃には、ほかの都市と間違えようがないほど美しい。また極北のその他の都市同様、「大陸」との交通機関には問題があり、そこから届けられる食物は値段が高く、またインターネットの接続も悪い。しかし丘からは信じがたい景色を望むことができ、また明るく輝くオーロラは何にも変えがたいほど美しい。

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