インスタカントリー:イズボルスク、勇ましい兵士とふわふわした子猫の故郷

Atsirlin/Wikimedia Commons
 風光明媚なこの地は、かつては国防の最前線であった。

 今回は、モスクワからおよそ733キロ北西、ロシアとエストニアの国境近くにあるイズボルスク(地元の人々はオールド・イズボルスクと呼ぶ)を訪れたい。かつては西北国境だったこの地はリヴォニア騎士団や他の侵入者により度々包囲されるなど騒乱が多かったが決して打ち負かされることはなかった。

 今では、これは町ではなく村で、想像できないほど平和で絵画的な場所になっている。

 

周辺

 イズボルスク城塞は古代には町の中心であったが、今は観光の一番の名所である。これはかつてあった古い城塞の近くに14世紀に建造されたもので、今でも残っている6つの塔はこの城塞の強固さを証明するものとなっている。

 100年前の村の様子。注意深く修復された家々は観光エリアの始まりの印となっている。舗道はまさに古代のものを修復したものだ。

 この美しいスロヴェンスキーの泉は千年以上も湧き続けている。考えてみれば、この泉から出る水のしぶきは古い石の城壁よりも古くからあるのだ。古代より泉は聖なるものとされてきており、異教徒の最初の聖地となった。その後に12使徒の泉という別の名がつけられた。

 スロヴェンスキーの泉の水はゴロディシシェンスキー湖に注ぎ込む。カモと優雅な白鳥が泳ぐこの湖には古からの言い伝えがある。ここの白鳥はこの湖を離れることはない。そして白鳥を湖で見ることができる限りは、イズボルスクが滅ぶことはない。白鳥も村も(城塞も)まだ残っているということはこの言い伝えは正しかったのだ。

 この小さな礼拝堂は神の母のデルジャヴナヤのイコン(聖像画)を記念してイズボルスク近郊につくられた。他のイズボルスクの教会と同じほど古く見えるにも関わらず、歴史は2012年より始まる。近くのポクロンヌィ十字架はロシア軍のこれまでの全ての勝利と戦死者を記念している。その地下室(ロシアの統一と栄光の聖なる丘)には栄光なるロシア軍が戦った地の全ての土が集められている。

 戦いに勝利し、砲声が止んだ後、イズボルスク地域はこのように完璧な美しさと静寂に包まれる。ここでは時が止まったようで、穏やかさが魂に広がる。

 

 しかし、この地がダチョウの故郷だってことは想像できるだろうか?ダチョウをひと撫でするだけでなく、目玉焼きも試してみてほしい。大きいので一つで十分だろう。

 

民族

 イズボルスクでできるだけお金を使わずに時間を過ごしたいなら、テントを持参すること。ただし天候には注意。ロシア北西部は温暖な気候の場所ではない。

 イズボルスクとその周辺は世界でももっとも穏やかな場所の一つではあるものの、それでもまだ興奮させてくれるものがある。風光明媚な自然もさらに興奮を高めてくれるものの一つだ。

 典型的な古代のイズボルスクの家庭の女神はかつて暖炉のそばで自分の時間を過ごした。もちろん、それは家事をすべて無事に終えたときだけであり、はっきり言ってそのような時間は皆無に等しかった。

 驚くことはない。この男性たちは現代人である。しかし過去を再現するのにこのような古代の城塞以上に適した場所はないだろう。ところでイズボルスクは毎年、いくつかの再現フェスティヴァルを開催している。古代の生活そのものがどういうものであったのかを知る素晴らしい機会である。

 車が必要だって?実際にところイズボルスクで自動車は必要ない。古代都市、もっとも強大な街でも現代の基準で測ればそれほど大きくはない。どこだって歩いてたどり着くことができる。

 

クローズアップ

 間違いなくイズボルスクでもっともかわいく、もっとも驚くべき一面。それはここが猫を愛する街であるということ。猫は街のあちらこちらで見られる(この写真の猫は城塞の中で気持ちよさそうに寝そべっている)。しかも猫たちはとてもかわいく、ちゃんとえさを与えられている。人間を怖がることはないのだが、けしかけないでほしい。

 古代都市の古代の風習。これらの角灯は数十年前に使われていたものだが、これらの家々にとてもマッチしている。

 進化の行進。好むと好まざるに関わらず、技術革新はとどまるところを知らないようだ。

 

 過去の遺産の別の部分。十字架はヴァイキングの伝説的なヴァリャーグでリューリクの兄弟であるトルーヴォルにちなんで名付けられた。真実かどうかは定かではないが、トルーヴォルはこの地を訪れる観光客に語られる多くの伝説やおとぎ話によく登場するキャラクターであるが、この十字架はトルーヴォルとはなんの関係もない可能性もある。というのも、十字架が建てられたのは14世紀から15世紀にかけてであるが、年代記によれば王子は864年に亡くなっている。

 変わったことは何もない。柵に粘土の壺が飾られているだけである。もしかすると壺を乾かすのに最適な方法かもしれないが、装飾としての価値もあるのである!

 城塞の壁のこの厚さをご覧あれ。戦争の時代、平和の時代がどのようなものであったのか簡単に想像できる。しかし、招待を受けて、自分の目で確かめては?

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