時化にも負けず船酔いにも負けず

クルゼンシュテルン号の部分=GettyImages/Fotobank撮影

クルゼンシュテルン号の部分=GettyImages/Fotobank撮影

ヨット操縦ライセンスを取得するロシア人の数は増える一方だ。ヨットを賃貸するチャーター会社も、免許の確認に際して、実地に操船、離岸・接岸することを求められる場合もある。ロシアの国家小型船舶監督局(GIMS)で免許を取る人もいるが、国際ライセンスがあれば何かと安心だ。ロシアでも教習所があり、正式に免許を取れる。記者は船酔いを恐れず、自分で教習を全部受けてみることにした。

 ヨット教習の値段は理論が約10万円、実習が10日間で約16万円。それに現地に飛ぶ飛行機代が加わる。

 理論は休日に3週間続けて教えてくれるが、7時間ぶっ続けで机に座るのは楽ではない。離岸の規則、記号、シグナルの意味、気象学、海図の読み方などどれも大変だ。あらゆるロープ、装具の名前も覚えこまねばならない。

 

教科書と現実の違い

 最終筆記試験を昨年11月に合格。4月に実習に出ることになり、トルコ南西部のマルマリスに飛んだ。

 私の班4人は39フィート(約12メートル)のアイスクリーム号に乗ることになった。

 まずはチャーター会社からヨットを受け取り、食料を買い込む。最初の目標地点はエケンチク村。

 教科書と現実が違うのを痛感。主帆を張る綱とそれ以外の綱とを間違えてタラップにしがみついていた。やっとのことで風向きの名称と、操舵(そうだ)手に無線で何と伝えるべきかを思い出す。

 翌日はヨットの係留と投びょうの訓練だ。私は波止場に飛び降り、綱を引っかけねばならなかった。

 うまくいかなかったので直そうとしたら、綱が外れて、指ごと船に引っ張られてしまった。ヨットは10㌧もあるので、骨折してもおかしくなかったが、事なきを得た。

 天候が悪化するという予報があったので、早朝、湾から出航するのは避けた。昼時には波が落ち着き、出航した。

 すべてのハッチを閉め、しっかり着込み、もやい綱を解いた。ところが岬を回ると、5~6メートルの波、風は25~30ノット。ビューフォート風力階級表でレベル7の強風だ。我々は救命胴衣を着け、帆を張った。

 私はひどい船酔いになった。仲間が私を蛇輪のところに座らせようとしたが、私はそれをつかむことができない。私は船室に運ばれ、、そこで寝込んでしまった。起こされた時には波は静まっていたが、雨が降っている。

 フェトヒエ市の波止場が間近だった。トルコ人とドイツ人は嵐の海に現れた我々のヨットを見て叫んだ。

「クレイジーなロシア人たちだぜ!」

 最難関は実習最後の夜の航海だ。キャプテンの称号を得るためには夜間に少なくとも30㌋航行しなければならない。

 海図には多数の灯台が記されているものの、実際にそれを見つけるのは難しかった。慣れてきて夜明け前には私と相方が2人で操船することになった。灯台と航路は教えてもらっていた。

 しかし、夜が明けると、灯台が消えてしまい、行く手には岸と集落が見えた。それは目標地点とは違っていたのでパニックに陥った。

 

持つべきは海の友

 岸に沿って回り、現在位置を調べた。突然、後方に島が見え、よく見るとロードスだった。右往左往していたら、教官が針路を修正してくれた。

 10日間の海の冒険の後、帰国した私は無事合格し、免許を受け取った。

 今回の体験を通して、海上で波と風以外に大切なものは友達を見つけることだと強く感じた。陸に上がってもつきあいが続く。