孤児院からの巣立ち

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ロシアでは孤児院から社会に出ても、苦労している場合が多い。それぞれに順応しようと努力している。

エヴゲニーさんのケース 

エヴゲニーさん

 エヴゲニーさんが8歳の時、おばあちゃんは亡くなった。父とは同居しておらず、母は酒浸りになっていたため、ほとんどひとりぼっちになってしまった。1年ほど家にいたり、通りで過ごしたりしていたが、孤児院に行くことをすすめられ、承諾した。「悔いてることは何もない。孤児院のおかげで今があるんだし」

 エヴゲニーさんは現在28歳。見た目では孤児院出身者であることはわからない。婚約者が孤児院出身者ではないことを、嬉しそうに話す。彼女は20歳。警察になるために勉強している。エヴゲニーさんは「家族に高等教育を受けた人が加わる」と喜ぶ。自身は中等教育も完全に受けてはいないが、特に気にしていない。モスクワ郊外にあるおばあちゃんのマンションを相続し、アパレル卸売会社でシステム・アドミニストレーターとして働きながら、しっかりとした収入を得ている。

 

孤児全体の85%は親がいる 

 エヴゲニーさんのように、親が生きていながら孤児になっている子どもは、ロシアで56万人登録されている。ロシア連邦教育・科学省のデータによると、これは孤児全体の85%に及ぶ。両親がアルコール依存症や扶養能力の欠如により、親権を失う場合が多い。また、新生児に障がいがあったり、経済力がなかったりなどの理由で、産院で新生児を拒む母親も多い。このような子どもたちの行く先は孤児院だ。これは昔から続いている閉鎖型教育機関システム。ソ連時代、戦争や政治的抑圧で親を失う子どもが多くいた。

 現在ロシアには、孤児院が2000院ほどある。孤児が16~17歳になると、社会に出す。社会に出る子どもは年間1万5000人ほど。孤児との養子縁組はあるが、あまり多くない。2012年に引き取られた子どもは6500人で、うち障がい児はわずか29人。このうち3分の2の孤児は、養子縁組なしに引き取られている。だが孤児が孤児院に戻されることも多く、2012年には4500人いた。

 

“月に降りる”孤児 

 国は18歳から孤児に2万5000ルーブル(約7万5000円)ほどの手当を与え、マンションを提供する。物理的な観点からすると、決して悪くはない。問題はまったく生活力のない子どもが孤児院から出てくることだと、孤児院出身者で、CIS諸国社会孤児問題専門家のアレクサンドル・ゲザロフ氏(47)は話す。「孤児院を出た後で月に降りるようなもの。まったく知り合いがいなくて、宇宙服を着て生活する。誰も自分に関心がない」

 孤児の順応を支援しているゲザロフ氏は、現在の孤児院が犯罪グループのふ化器のようになっていると話す。「イジェフスクの女の子から話を聞いている。この子は最近孤児院から出たばかりだが、知り合いのほとんどが麻薬中毒になったり、すでに死亡したりしていると書いてきた」

 

何が問題なのか 

 エヴゲニーさんは自分は運が良いと考える。「”外界”にたくさんの友達がいる。孤児院の古い仲間としか付き合わない人は、仲間の中で結婚相手を見つけようとする」。エヴゲニーさんは孤児院で読書やパソコンに熱中していたが、養育者はそれを支えてくれていた。

 養育者は専門的知識を身につけさせようとする。職業訓練校に進学させるが、通常は孤児にとって中等専門教育が限界だ。孤児院で得た知識は、大学入学に足りない。

 問題のひとつは、孤児院の人材の資格が高くないことだとエヴゲニーさんは話す。養育者になるのは、同じように”外界”への順応性のない孤児院出身者がほとんどで、90%が女性だ。

 孤児院に配分される額は少なくない。モスクワ市とモスクワ州の孤児院42院には2012年、30億ルーブル(約90億円)の国家予算が配分されている。これは孤児ひとりあたり年間150~300万ルーブル(約450~900万円)にもなる。さらにスポンサーの支援もある。問題は他にあるようだ。個々への金融支援、孤児院が養親探しや質の高い人材確保に関心を持っていないなど。また国はいまだに、孤児院がどのような子どもを送り出すべきか、子どもが何をできなければいけないのか、どのような準備をしておけばいいのかを理解していない。政府が前から言っている孤児院システムの改革でも、目的のはっきりしたプログラムはない。

 

外界への適応は至難 

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減らない孤児

 ゲザロフ氏によると、孤児院出身者の社会化には、20~25年かかるという。エヴゲニーさんはこの点で、孤児の順応を支援する非営利センター「オポラ」の教育学者に助けられたと話す。センターの職員は就職を支援し、孤児院の外での人間関係などについて説明した。

 ゲザロフ氏は「オポラ」のようなセンターがあることは素晴らしいが、これは孤児院の穴をふさいでいるにすぎないと話す。孤児院にも教育学者や上級教師を呼ぶ必要があると考える。

 エヴゲニーさんが成功したのは、8歳まで孤児院の外で生活していたからでもある。何を選んでいいのか、何をしていいのか、どんな希望がでてくるのか、何を理解すべきなのか、自分が何をしたいのかを知っていた。「自己分析をやっていたから、順応に役立った」と話す。ずっと孤児院のシステムの中で生活していた子どもは、なかなか順応できない。孤児院の女性職員には、このような子どもがなっているのである。そして同じことがくりかえされる。

 政府は現在、今の形の孤児院を閉鎖する計画を立てている。

 エヴゲニーさんは別の人生でやりたいことをこう話す。「タイに知り合いが暮らしてて、私の元養育者が最近そこに連れて行ってくれた。2人の夢は同じ。タイに永住すること」