ロシアの秘境、カムチャツカの7つの魅力

イゴリ・シピリョノク

イゴリ・シピリョノク

カムチャツカを訪れる人は、その初日から北欧を旅している感覚に囚われる。冷涼な海原を背景とした質素な住まい、長い冬、温泉や間欠泉、火山灰にうっすらと覆われる雪、半島の全域に生育する強い北風にも耐える唯一の樹木で「石の樺」の異名をもつダケカンバ…。カムチャツカは、ロシア極東よりもアイスランドと似たところが多い。年間何万人もの旅行者を惹きつけるこのロシアで最も辺境にあり到達しがたい地域の魅力とは?

ヴァディム・ギッペンレイテル、イゴリ・シピリョノク撮影

 

クマ 

 カムチャツカは、ロシア構成下の真の「クマ州」である。さまざまな評価によれば、ここには、1万5千~3万頭のクマが棲息しており、クマがこれほど密集しているところは、ロシアばかりか世界にもない。カムチャツカのクマを最も趣深くかつ安全に愛でることができるのは、クリリスコエ湖(ペトロパヴロフスク・カムチャツキイから200キロ)の周辺であり、写真家のセルゲイ・ゴルシコフ氏は、ここであるときワンショットのパノラマ撮影で17頭のクマをフィルムに収めることができた。この湖は、クロノツキイ自然保護区にあり、そこでの移動は、もっぱら銃を携行した監督官に伴われる形で行われる。

パノラマ提供: www.AirPano.com

 

火山 

 好天のときにはカムチャツカの主都のどこからでもはっきりと望めるコリャークスキイ、アヴァーチンスキイ、コゼーリスキイの各火山のことを地元の人たちが何の気なしに「ホームの火山」と呼ぶとき、アウェイから来た旅行者たちは、軽いショックを覚える。この3つの火山うち2つは、活火山であり、ときおり「くしゃみをし」(その際には市内で小さな地下震動が感じられる)あるいは山頂を仄かに「燻らせる」。「火山暮らし」のために、カムチャツカの人々は、そうした現象に慣れっこになったばかりでなく(ペトロパヴロフスク・カムチャツキイの多くの住宅は、特別の耐震構造を備えている)、恐るべき隣人の一挙手一投足にひどく敏感になってもいる。ペトロパヴロフスク・カムチャツキイの「ホームの」火山がもっとも好く拝めるのは、ミシェーンナヤ丘であり、現地のホテル「ペトロパヴロフスク」では、火山が一望できる部屋を予約できる(5000ルーブル~)。ウゾン火山のカルデラ、間欠泉の谷、死の谷を含む、カムチャツカのその他の火山へは、地元のエリゾヴォ空港からヘリコプターで行くしかない。半島全体で約300を数えるカムチャツカの火山は、ユネスコの世界遺産に登録されている。

パノラマ提供: www.AirPano.com

 

クマのようにワイルドな物価 

 カムチャツカは、余裕があってじっとしていられない人の行くところである。モスクワからの航空運賃は20000ルーブル以上(高値の夏季には60000ルーブル~)、ヘリコプターでの間欠泉見物は90000ルーブルほど、ガソリンはリッター45ルーブル以上、地元のカフェでの食事は1000ルーブル以上、それぞれかかる。ここで旅行者の目を瞠らせるのは、火山やクマだけではなく、地元のスーパーマーケット「ヴェガ」の値札も、見物の対象となる。ふつうの胡瓜が一キロ700ルーブル、ブルガリア産のパプリカが一キロ800ルーブル、飲むヨーグルトDanoneが200ルーブル…。カムチャツカへの旅は、タンザニアでのサファリやオーストラリア周遊のクルーズと同じくらいの費用がかかるが、ルーブル安のおかげで、カムチャツカといった値の張る地方も、以前より旅行者にとって手頃となっている。

 

海産物の宝庫 


ユリヤ・シャンドゥレンコ撮影

 一昔前にはカムチャツカの人々は産卵にやってきたサケマス類が立てる水の音で安眠できなかったといわれるほど、ここには魚が多い。カムチャツカは、あまり開発されておらず人口も多くないおかげで、環境が保全され水も澄んでおり、ベニザケ、カラフトマス、ギンザケ、マスノスケ(キングサーモン)などの太平洋のサケマス類、ホタテ貝、有名なタラバガニ、イカといった海の幸が、地元の食の中心となっている。夏の群来のときにだけ口に入る即製のイクラは、カムチャツカならではの贅沢品で、それは、川岸で捕ったばかりの魚から作られ、その場で舌つづみが打てる。イクラは、地元の魚市場では一キロ2000ルーブル以上する(ただし数匙の試食は無料)。

 

原初の感覚 

 ペトロパヴロフスク・カムチャツキイは、建都の時期はサンクトペテルブルグと変わらないものの、そこに人が住みはじめて50年ほどしか経っていないような印象を受ける。半島全体の人口は、わずか35万人で、人口17万人の主都でも、大都市ではおなじみの派手なネオンサインやナイトライフは見当たらない。カムチャツカは、1990年まで、外国人の立ち入りが禁じられ、ロシア人でも特別の通行証が求められたが、今は、誰にでも開放されている。こうした要因は、間欠泉の河や谷、何キロにも及ぶ火山のカルデラ、噴火後に絶えず姿を変える地形と相まって、カムチャツカを、自分を最初の発見者と感じられる数少ない地球上のスポットの一つにしている。この地は、300年余り前に発見されたものの、今も未知なる部分を数多く孕んでいる。

パノラマ提供: www.AirPano.com

 

クリミア戦争におけるロシアの唯一の勝利 

 クリミア戦争は、文字どおりの意味で、どれほど奥へ入り込めるのだろう? カムチャツカについてのこの意外な事実は、最初はまさかと思えるが、ロシアにとってはクリミア戦争史上で唯一の肯定的なエピソードとなりえたものの当時のフランスやイギリスでは否定的な反応を呼び起こした全くの真実となっている。ロシアにとって苦しいクリミア戦争(1853~1856年)のさなか、少人数のペトロパヴロフスク・カムチャツキイの守備隊は、極東におけるロシアの主要な拠点であるペトロパヴロフスク港を攻めた優勢な英仏艦隊の軍勢に勝利した。