宗教背負うロシア村

アルメニアでは珍しい金髪碧眼のモロカン教徒の子供たち。=セルゲイ・マクシミーシン撮影

アルメニアでは珍しい金髪碧眼のモロカン教徒の子供たち。=セルゲイ・マクシミーシン撮影

冬季五輪が開催されたソチの背後にそびえるカフカス山脈の南側に旧ソ連の共和国だったグルジア、アルメニア、アゼルバイジャンが位置している。ここにロシア人が住み着いている集落がある。主にキリスト教異端派として帝政時代に迫害され、ロシアから追放されたロシア人の子孫たちだ。ソ連崩壊後の社会の激変で過疎化に見舞われているが、残った人たちは静かに、戒律を守りながらたくましく生きている。

アルメニア

 フィオレトボ、レールモントボ。ロシア風の名前の村落がアルメニア北部の山岳地帯のロリ地方にある。冬の寒さが厳しくやせた土地で「アルメニアのシベリア」と呼ばれる。

 村民は主にモロカン教徒。帝政時代にエカテリーナ2世により追放されたキリスト教異端一派だ。かつてはいくつかの村があったが、現在、モロカン教徒の村として残るのは二つだけ。あとは廃村になった。

 廃村になった理由はソ連崩壊に伴い、村人の多くが故郷ロシアに戻ったためだ。親戚を頼って海外に移住した人たちもいる。

 モロカン教徒は自らの宗教戒律を厳しく守って生活している。彼らはアルメニア人に同化しなかった。

 夜明けから日没までずっと働き、ジャガイモ、ビート、ニンジン、キャベツを栽培する。この地でそれ以外は育たない。フィオレトボ村のニンジンは甘く、アルメニア国内では有名だ。

 モロカン教徒は人目につかないように暮らし、よそ者とは話したがらない。

 離れる者は若者だけだ。フィオレトボ村にはロシア語で教える学校があるだけで、専門学校(短大)、大学はない。首都エレバンに行けばロシア語で高等教育を受けられる。

 ロリ地方ステパナバン市の画家ガレギン・ムクルチャンさんは回想する。

 「ロシア人の集落が過疎化するのは残念。驚くほどきれいな村だったのに」

 公式統計によると、アルメニアには現在約1万5000人のロシア人が残っているだけである。

モロカン教徒の家庭の机には必ず3冊の本が開かれている。旧約聖書、新約聖書とモロカン教徒の指導者の金言を集めた 「霊と命」だ。=セルゲイ・マクシミーシン撮影

 

グルジア

 グルジアのジャバヘチアは地理的・気候的条件からもアルメニアのロリ地方とうり二つだ。「ロシアっぽさ」の点でもロリに似ている。

 ここにはオルロフカ、スパソフカ、エフレモフカなどというロシア風の名の村が散見される。

 ソ連時代、これらの村の住民たちは搾乳量で記録保持者だった。グルジア政府は他の地域でも同水準に上げようとしたが、うまくいかなかった。

 村民たちは宗教上の理由で追われてきた人々で、その禁欲的な生活全体を勤労が支えていた。彼らはモロカン教徒ではなく、ドゥホボール教徒だ。

 ここでもアルメニアでの状況が再現された。つまり、連邦崩壊後に多くの村民がロシアやカナダに移住した。

ロシア通信撮影

 「今日では、他から孤立した生活を保っているのはゴレロフカ村だけ。他は名前しか残っていない」

3つの流れ なぜここに

1 迫害されたロシア正教異端派の子孫 

帝政時代に同じロシア正教でも異端とされた少数派がロシア本国で迫害されたり、追放・流刑されたりしてカフカスの地に住み着いた。

2 帝政ロシア軍の軍人・家族の子孫

カフカス地方の軍基地に配属され、長い年限を勤め上げたが、帰る家がなかったり、ここに住み慣れ、家族ができたりしてそのままこの地にとどまった。

3 独ソ戦やソ連時代の移住者の子孫

軍人・軍属のほかにカスピ海油田に関連し専門家を含む多くの石油産業関係者がソ連時代を通じて主にアゼルバイジャンに派遣され移住した。

 メディア会社を創設したマルガリータ・アフブレディアニさんはこう語る。彼女の会社は昨年、ドゥホボール教徒の暮らしを撮影した。「厳しい戒律を守る一風変わった人たちです。でもごくわずかの人数しか残っていない」

 マルガリータさんによると、ドゥホボール教徒の村々にはほとんどアルメニア人が住み着くようになっている。

 「ドゥホボール教徒をロシア人と決め込むのは間違いです。言語と文化や衣服などはロシア風だが、内部では誰がロシア人で、誰がロマ、誰がポーランド人かをお互いに知っている。村のある女性について『あの娘はロシア人に嫁いだ』と人が言うのを聞いて驚いたのを覚えている。普通は民族で自他を区別しない。ドゥホボール教徒の共同体という区分があるだけです」

 現在、グルジアに住むロシア人は5万人弱。主にトビリシ、ルスタビ、バツミなどの大きな街に住んでいる。

 

アゼルバイジャン

 アゼルバイジャンでもソ連崩壊後にロシア人流出が起きた。統計によると、アゼルバイジャンに住むロシア人は6万人強だ。

 同国のイスマイリンスキー地方にもモロカン教徒の村、イワノフカがある。

 「彼らは自分たちのサイトもつくったそうですよ。彼らはこういう文明の利器とは一線を画しているとされているのですが」

 アゼルバイジャンの首都バクーの政治学者クラブ「南カフカス」のイリガル・ベリザデ会長が現状を説明する。

 アゼルバイジャンに住むロシア人の場合は、石油産業に関連してソ連時代に各地からカスピ海沿岸に移住してきた人がそのまま住み着いたケースが多い。石油産業は高度な職能を持つ専門家を必要としたからだ。

 

移住ロシア人も

 このようにカフカスに住むロシア人は三つに大別される。

 第一にロシア本国で迫害された宗教的少数派の人々。第二に、ロシア帝国軍の兵士・家族の子孫。第三に、独ソ戦時代の難民かソ連時代の移住者だ。

 例えば、アルメニアのロリ地方のプーシキノ市には軍の基地があり、ロケット軍の部隊が配備されていた。

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親露から脱露まで

 カフカスの3共和国では、ロシア語の定期刊行物、テレビ、ラジオ局があり、ロシア語の学校、大学学部が開設されている。ロシア語の劇場もある。

 街角でロシア語を耳にするのは珍しいことではない。

 信仰に関しても問題ない。アゼルバイジャンには正教の教会が五つある。グルジアとアルメニアはロシアと同じキリスト教国である。