ここは小さな日本

9月2日、モスクワ市内の通りではやや上気した親たちに連れられて大勢の着飾った子供たちがかっ歩する。手には色とりどりの花束。生徒たちを招く学校のベルやチャイムの響き。一方で、市の南西地区にある校庭はそこだけ時が止まったようだ。緑色の塀に囲まれた黄色っぽいピンクの校舎は落ち着いた雰囲気を漂わせている。近くには、青いマイクロバスが並んでいる。ここの4階と5階に、ほぼ半世紀前に開かれたモスクワで唯一の日本人学校がある。 

日本と同じ時間割

  モスクワ日本人校はシアに駐在する外交官やビジネスマンの子供たちにとって、いわば「小さな日本」

  授業は、日本の文部科学省の規定によるリキュラムに則行われている。

一言

「お父さんの仕事の任期が2〜3年、長くても4年くらいなので、ほとんどの生徒・児童たちは日本に帰ります。そして、帰国して日本の学校に転入して、すぐに慣れて勉強を続けていけるように、日本と全く同じスタイルで、同じ授業内容で教えています。それが父母の方々の希望でもあります」

モスクワ日本人学校校長 白川修三氏

 白川修三校長は間割を示しながらす。「本の同学年の生徒の時間割とそっくりで、シア語と英語が追加されています」

  ここには、父親の任期が過ぎて帰国しても日本の学校にすんなり溶け込めるようにとの配慮がみられる。

 この学校にはつの標語があるの一つはモスクワでの生活を豊かにする子」

 文から派遣された日本人13の教員日本人・ロシア人数この標語の実現に尽力している

 生徒数ついて川校長は「2013年度は学生120中学生25計145スタートし、本とロシアとの関係がくなっているので、今後はくなりそうと話す46年前の開校時16の生徒数だ

 4まりかえっていた。っと様子をうかがうと、黒髪の可愛い頭が師の話にじっと耳を傾けていた

 水る音がする。銀色の小水槽で気持ちよさそうに泳いでいる。そのさなプラスチックケース飼われていた。

 ロンドンのッグンを想像させるロディーのャイムが流れると、学童たちの歓声が静けさを破る。

 

数字あれこれ

145人
日本人学校の学生数。
1967年
日本人学校の設立。
15000㎡
学校の敷地面積。
13人
日本人の教員数。

 

 昼休み。母親が愛情込めてってくれたお弁当を教室で食べた後、元気に校庭やホールでびだす生徒もいる。に上がると科室や図書室と小さなオフィスのような職員室がある。

 本人学校の子供たちはロシアの同い年の子供たちとも交流している。日本人学校はモスクワの1535番校、1239番校と親交を結び、合同の文化祭やスポーツ大会、交換授業などを行っている。「知・徳・体だけでなく豊かな国際理解持つ人になってほしい」白川修長は話している。

 日本国籍があり、1月の授業料9000ルーブル(約2万7000円)を納めれば、この学校に通うことができる。

 本棚に置かれた生徒制作のマトリョーシカとコケシ=ニキータ・ショーホフ/Salt Images撮影

ロシアの子供と相撲も

 日本人学校は国際交流の一環としてシアの学校の子供たち相撲を体験した学年もあった

 モスクワで生活る機会を生かしてイスホッケーやバレエなどシアのお家芸の習い事校生徒の半数以上にる。

 そこでもシアの子供たちとの触れ合いの場が生まれている。

 

他の外国人学校と同居

  日本人学校の生徒たちは日本語以外語を使う機会が多い。同じ建物にウェーデン、フィンランド、イタリア人学校がある。

日本人学校のモットー

① 意欲をもって学ぶ子知)
② 仲良く助け合う子
徳)
③ 丈夫で元気な子
体)
④ モスクワでの生活を豊かにする子(
国際理解)

 各国の供たちはい校庭でみんな一緒に遊ぶことがよくあるのだ。

 白校長文化や生活、習慣や行事等を知るきっかけになり、いろいろないを認め合うことができとみている。

 再チャイムの旋律が流れると、校内はを打ったように静かになる。学び窓から明るい光が差し込む。

 棚に飾られたマトリョーシカ、漢字が書かれた布、つの標語が掲げられたステージ、そしてちんと並べられた可愛いジョギングシューズを陽光照らしている。

 閉まった扉の向こうから、子供たちの唱が聞こえてきた業は午後4ごろで続くという。日がこうして過ぎていく

ニキータ・ショーホフ/Salt Images撮影

修学旅行は東欧へ

 ロシアの生活化に慣れるため、さまざまな観光遠足が行われている。近所のスーパーマーケットまで観光地になる。

 修学旅行もあり、5年生と6生は黄金の環(わ)」の古都サンクトテルブルクを巡る。中学生東欧へ足を延ばす。

 「平和重視している今年はトアニアとラトを訪れた来年ポーランド再来年ベルリン予定しています白川校長

 今10月には、同校徒たちがスクワにあるイズマイロ学習発表会を行い、自分たちの創作プログラムの演目を披露する。

  4年後、この「小さな日本」は開校50周年の節目を迎える。本紙ではれら折々の学校行事の様子いきたい。