映画界を席巻した「ロシアの腕」

Gamma Engineering Middle East/youtube
 良くも悪くも、法は剛腕だと言われる。面白いことに、剛腕を持つのは法だけではない。いわゆる「ロシアンアーム」(つまり「ロシアの腕」)も力持ちだ。この腕は、ちょうど電子レンジが料理の世界に革命を起こしたように、映画産業を様変わりさせた。

 ある映画があまりにも強烈・劇的で、息をするのも忘れてしまうとすれば、それは「ロシアンアーム」の賜物だ。あらゆる偉大な発明と同様、非常に汎用性が高く、珍重されている。『タイタニック』や『タクシー』、『ワイルド・スピード』、『ミッション・インポッシブル』、その他幾多の大ヒット映画が、長年「ロシアンアーム」を利用してきたのだ。

 車の屋根に取り付けられる「ロシアンアーム」は、ロボット工学の傑作だ。このジャイロ安定式の遠隔操作装置は、車内からコントローラーで操作できる。映画制作では可動性が重要だ。「ロシアンアーム」は高速走行する車の上でクレーンとカメラヘッドを360度回転できる。さながら究極のジェットコースターだ。視聴者が椅子の上で前のめりになるような良質の映画を作ろうとする映画制作者が息を呑むような圧巻のシーンを撮れるのはこの装置のおかげだ。

 「ロシアンアーム」はソ連・ウクライナの先駆的な発明家、アナトリー・コクシュの考え出したものだ。彼は(他の2人の技師とともに)ジャイロ安定式カメラ・クレーン「ロシアンアーム」と「フライトヘッド」の考案・開発の功績を讃えられてアカデミー賞を受賞している。「ロシアンアーム」と「フライトヘッド」は「映画制作者に新たな可能性を開いた」として絶賛された。

 1970年代にレニングラード映画技術大学を卒業したコクシュは、映画制作の過程をより創造的でエネルギッシュ、かつ可動的にする方法を探り始めた。課題は、どうやってカメラを映画制作者の目元から離し、働きバチのごとく独立して飛ばすかということだった。知見と洞察力、専門知識を身に付けるため、コクシュはキエフ(当時はウクライナ・ソビエト社会主義共和国の首都)の伝説的な映画スタジオ「ドヴジェンコ」で働き始め、そこで映画制作の基本を学んだ。1990年代、彼は自分の会社「フィリモテフニク」を立ち上げたが、ここが最先端の映画技術を試す実験室となった。

 道が開け始めたのは、コクシュが「オートロボット」を発明した時だった。この画期的な技術は、ウクライナとロシアの映画技師らのグループが生み出したため、一般に「ロシアンアーム」と呼ばれている。「ここで生まれるものは、米国人にとってはすべて『ロシア製』だった。彼らはこれを『ロシアンアーム』と呼び、それについて尋ねてくるのだった。我々は『オートロボットだ』と返したが、向こうは聞く耳を持たず、繰り返し『ロシアンアーム』を要求するのだった」とコクシュはあるインタビューの際に語っている。

アナトリー・コクシュ

 「我々はこの名前を受け入れざるを得なかった。アカデミー賞のために書類を出す時も、名前を『オートロボット』に変えられないか悩んだ。だが彼らは、訳語などに固執するな、そのままにしておけ、と言った」。

 ジェームズ・キャメロン監督の『タイタニック』(1997年)は「ロシアンアーム」が世界進出するきっかけとなった。それ以来、世界中の何百人もの映画制作者がこの装置を撮影に使い、「ロシアンアーム」は柔軟性と独創性の代名詞となった。コクシュは他にも数多くの映画撮影機器を発明しているが、それでも需要が最も高いのは「ロシアンアーム」だ。

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