1.ミールの建造にはソ連企業280社の協力を要した。だが完成にはソ連の高官の介入を要した。1984年までに、国のすべての資源が「ブラン」プログラムに向けられ、宇宙ステーションの建造が凍結されたためである。
もっと読む:「宇宙飛行士訓練センター」56周年
2.ミールは初の国際ステーション、さまざまな国の宇宙飛行士の友好のシンボルになった。アメリカ、日本、イギリス、フランス、ブルガリアなどの多くの国の宇宙飛行士がミールの乗員になった。シリアのムハンマド・ファリス宇宙飛行士は1987年、外国人として始めてミールに乗った。
3.ミールでは2万3000件以上の科学実験が行われた。これにより、例えば、荷電粒子のバーストをとらえて地震をより正確に予測できるようになった。また微小重力の条件下で新しい金属や合金の製作の試験もできた。
ソユーズT-15クルー:レオニード・キジム(右)とウラジーミル・ソロヴィヨフ、軌道ステーション「ミール」における初の長期学術遠征に向けガガーリン宇宙飛行士訓練センターでトレーニング=アレクサンドル・モクレトフ撮影/ロシア通信
4.ミールの宇宙飛行士は78回以上、時間にして359時間12分の宇宙遊泳を行った。ミールは2001年3月23日に大気圏で燃やされ、太平洋に沈められたが、ミール内で謎の宇宙バクテリアが発生したことがこの廃棄処分の原因になったのではないかと噂され、現在でも噂は完全に消えていない。
5.ミールの最長連続滞在時間は、乗員の交代を含め、1989年9月5日から1999年8月26日までの3642日である。
6.1986年に軌道に投入されたのは、ミールのコア・モジュールのみだった。その後居住室、実験室、アメリカの「スペースシャトル」とのドッキング・モジュールといった他の部分が連結された。これは始めて実現した宇宙ステーションのモジュール構造で、現在でもISSで活用されている。
7.無重力状態で人が長期生活するとどのような影響があるのか、といった調査が、最初にここで行われた。他の惑星に飛行する場合の人体と精神の反応がミールで研究された。
8.ミールでの放射線研究により、放射場の動的な変化パターンを予測できるようになった。宇宙飛行を今後行っていく際に留意すべき、放射線の危険性のより高い年が、正確にわかるようになった。
9.ミールの稼働期間は当初、5年と想定されていた。しかしながら、予算削減により、計画より3倍長い期間稼働し続けた。
ロシア・ビヨンドのニュースレター
の配信を申し込む
今週のベストストーリーを直接受信します。