アナスタシヤの火星年代記

6人から構成されるチームはそれぞれ、14日間の予定で基地に来る。うち11日は疑似体験すなわち火星での宇宙飛行士の生活をシミュレーションする。=写真提供:アナスタシヤ・ステパノワ

6人から構成されるチームはそれぞれ、14日間の予定で基地に来る。うち11日は疑似体験すなわち火星での宇宙飛行士の生活をシミュレーションする。=写真提供:アナスタシヤ・ステパノワ

オランダの「マーズワン財団」が進めている火星移住計画で、移住候補者633人の中に選ばれた、モスクワの作家兼ジャーナリスト、アナスタシヤ・ステパノワさん。約2週間、宇宙服を着て、凍結乾燥食品を食べ、寝袋の中で寝るという生活を送った。ステパノワさん本人がロシアNOWにその経験を語る。

 「親愛なるアナスタシヤさん、おめでとうございます。あなたは決選を通過しました。ユタ州の砂漠で行われる2週間の中間ミッションにもうすぐ出発です」という嬉しい手紙がある日、火星協会から届き、私の人生を大きく変えた。

 私は「マーズワン」プロジェクトの参加者になったのだ。集中訓練を受けて2024年の最初の火星移住者になる可能性を与えてくれるプロジェクト。世界20万人の参加者の中で、現在残っている候補者は633人。訓練の最終段階は北極基地で行われる予定。

 

1年前にふと気づく

 子ども時代は壮大な夢を見るものだ。だが大人になるにつれ、自分自身の内なる世界ではなく、外の世界から与えられる目標に向かって努力を始めるようになる。

 1年前、私はふと我に返り、幸せになる唯一の手段とは、自分の本当の夢を実現することなのだと気づいた。20年以上も宇宙について夢見ていた。宇宙飛行士ユーリー・バトゥリン氏が指導する、モスクワ国立大学宇宙ジャーナリズム校を卒業し、宇宙に関する本「良い飛行を(Jelayu vam dobrogo poleta)」の共同著者にもなった。だが夢を実現するような具体的な行動をとることはなかった。

 2013年4月、今こそ行動すべき時なのだと気づいた。運命に導かれ、アメリカの航空宇宙エンジニアで作家のロバート・ズブリン氏と出会った。ズブリン氏は火星協会の創設者で、火星探査・移住構想を積極的に支援し、推進している。研究者、エンジニア、学生のチームが火星の条件のもとで数週間を過ごす、アメリカ・ユタ州の砂漠と北極のデヴォン島の実験基地2ヶ所について教えてくれたのも、このズブリン氏だ。作家兼ジャーナリストとして、1年の疑似火星居住ミッション「火星・北極365」に応募し、合格した。

 

シミュレーション生活


写真提供:アナスタシヤ・ステパノワ

 6人から構成されるチームはそれぞれ、14日間の予定で基地に来る。うち11日は疑似体験すなわち火星での宇宙飛行士の生活をシミュレーションする。外に出る時は宇宙服を着用していなければならない。食事は凍結乾燥食品と温室栽培された植物からつくる。水と電気の使用には管理が必要。このシミュレーション生活から抜けることが許されるのは、緊急時のみ。

 基地最寄りの文明はユタ州の小さなハンクスビル村。人口は250人。岩石砂漠は1キロメートルごとにその色を赤、茶、白と変えていく。白色の層状岩と黄赤色の砂のわきを通過しながら、宇宙船で火星の上を飛行する宇宙飛行士の気分を味わう。

 私たちのチームNO.143には、異なる国の地質学者、生物学者、エンジニア、物理学者がいる。朝7時に起床し、朝食をつくる。眠いながらも興奮している私たちは、活動計画について話し合う。船外活動が始まるのは朝10時で、その準備には30分ほどを要する。朝食を食べた後は電子メールを確認し、設備の準備をし、調査用の資料を確認することができる。船外活動とは、基地の技術メンテナンス、地質学調査、生物学調査など。活動時間は2時間から4時間。

 

宇宙で成長できる

 船外活動の準備では、宇宙服、特別なブーツ、ハンズフリー・キット、無線送信機、換気装置付きのリュックサック、ガラス製ヘルメット、分厚い手袋を着用する。宇宙服を着ると身動きがうまく取れなくなるため、換気チューブをヘルメットにつなげる時には互いに助け合う。宇宙服の重さは8キログラム。

 基地に残るメンバーの1人は、無線を使い、15分置きに「火星」での動きをコントロールする。「地球」のオペレーターには毎日報告を送らなくてはならない。それは地質学的報告、生物学的報告、科学的報告、ジャーナリズム報告、技術的報告、写真報告など。義務をすべてこなして、ようやく寝袋の中に入ることができる。余力があれば、宇宙に関する動画を見る。

写真提供:アナスタシヤ・ステパノワ

 宇宙服でしか外出できないなんて、他の人から見たらちょっと馬鹿げてるかもしれない。でも私たちにとっては、火星への長旅の第一歩。訓練自体が魅力的だ。本物の宇宙飛行士になったような、特別エージェントになったような気分。訓練で使っている宇宙服は本物にはおよばない。けれど、赤みがかったゴツゴツした丘を見て、ヘルメットの中で自分の息の音を聞いて、チームのメンバーと無線で会話していると、本当に火星にいるような気分になる。

 現実の生活を忘れ、シミュレーション生活を送ったのは短い期間だったが、基地から戻った時には、世界を違う目で見るようになっていた。当たり前のことが当たり前ではなくなったのだから。鳥の鳴き声、澄んだ空気、熱いシャワー、パリパリの野菜、果物。食べ物の味は斬新だ。どの笑顔も、思考も、実験も重要で、すべてが私たちを変えた。宇宙で成長できる。幸福とは、夢見るのをやめないこと、そして時間を無駄にしないこと。夢を実現できる一瞬、わずかなチャンスを逃さないことが大切だ。

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