ミグ設計局の傑作機

ミグ9=ロシア通信撮影

ミグ9=ロシア通信撮影

1970年12月9日に、ソ連の優れた航空機設計者アルチョム・ミコヤンが亡くなった。彼が設計した航空機は、計55の世界記録を打ち立てている。ミグ設計局が開発した最も面白い機体をご紹介しよう。

世界に羽ばたくミグ 

 ソ連最初のジェット戦闘機はミグ9だ。当時、パイロットたちは、プロペラのない飛行機に乗るのはおっかなびっくりで、整備工たちも、ジェットエンジンを扱った経験がなかった。しかし、設計者のミコヤンとミハイル・グレーヴィチは、同機の開発で積んだ経験を活かし、当時世界最高の戦闘機の一つだったミグ15を作ることができた。

 同機が大活躍したのは朝鮮戦争で、アメリカにとって、このソ連の新型機の出現はまったくの不意打ちとなった。ミグ15は、米国の低速のF-80をカモにし、B-29などの爆撃機を多数撃墜。そのため米国は急遽、実戦配備されたばかりの F-86(セイバー)を極東に投入した。

 「ミグ15とF-86の空中戦はしばしば最初の一撃で決まった。ミグは一撃すると上空に離脱し、セイバーは逆に、急降下していた。両者とも、持てる最高の強みを発揮して勝とうとしたので、空中戦は一撃離脱で、ソ連機はそのまま上空へ、米機は低空へ、ということがよくあった」。こう語るのは、当時、ソ連の飛行大隊を率い、自ら13機を撃墜したセルゲイ・クラマレンコ氏だ。

 ミグ15は最も大量生産された戦闘機となり、ソ連以外にも、ポーランド、チェコスロバキア、中国でライセンス生産され、計1万5千機以上が作られ、約40カ国で半世紀以上も実戦配備されていた。

 

ミグ15=タス通信撮影
 

ファントム・キラーたち 

 ベトナム戦争および印パ戦争での空の勝利は、その多くがミグ19に帰せられる。ベトナムでは、その中国製コピー「J-6」に、地元のパイロットが搭乗して、米国のファントムを、カシミールでは、インド空軍のスホーイ7を駆逐した。

 ミグ19は、30ミリ機関砲3門などの強力な武装、卓越した運動性能、上昇力を兼ね備えており、パイロットたちは機体の信頼性を再三賞賛した。

ミグ19=ロシア通信撮影

 ソ連では同機は、領空侵犯に対するスクランブル発進にも用いられ、1960年に北極圏で、米国の長距離偵察機RB-47を、東ドイツ上空で数機の米軍機を打ち落としたほか、偵察用の飛行船の撃墜も多数に上る。

 

必殺バラライカ 

 ミコヤンの次のヒットは、ミグ21だった。これは最も世界に普及した超音速機であり、開発は半世紀以上前に遡るが、未だに中国では生産されている。

 ミグ21の長所は低コストで、その輸出型は、ソ連の歩兵戦闘車BMP-1より安価だった。NATOコードネームは、なぜかフィッシュベッド(これは魚類の化石が多く含まれる地層を指す)。ソ連のパイロットたちは、その三角翼から「バラライカ」と呼んだ。

ミグ21=ウラジーミル・ペルヴェンツェフ撮影/ロシア通信

 ミグ21は、それ以前の機種とともに、ベトナム戦争で活躍した。小型で運動性に優れた同機は、米国の第2世代戦闘機ファントムにとって深刻な脅威となり、ミグ21用の特別な戦術を編み出さねばならなかったほどだ。ベトナムのパイロットたちは、ソ連の操縦術を踏襲し、地上から誘導されて、米機の下または後ろから襲いかかり、誘導ミサイルを発射して基地に戻った。

 

視界抜群 

 戦闘爆撃機ミグ27は、コックピットからの視界が抜群なので、「戦場のバルコニー」というあだ名が付いた。だが、本当に「視界」が優れていたのは、迎撃戦闘機ミグ31だ。この機体には世界で初めて、戦闘機用フェーズドアレイレーダーを搭載し、半径320キロの範囲で、空中の小型の目標も捉えられるようになった。

スクリイニコフ撮影/ロシア通信

 その探知装置は、同時に24の目標を捉え、うち10の目標を追跡して、4つの目標に絞り込み、長距離の空対空ミサイルを発射した。ミグ31が4機あれば、800~900キロの範囲の空域をカバーできた。

 

すばしこくて多機能 

 ミグ29の改良型は、現在、ロシア空軍の主力戦闘機であると同時に、新たな技術の「空飛ぶ実験室」だ。同機には、推力偏向エンジン(噴流の向きを変えることで、推力の方向を変えることができるエンジン)が搭載され、これまでとは段違いの運動性能を発揮することになった。

 しかし、初期のミグ29は、「近場の飛行機」などという冗談半分のあだ名を、パイロットから頂戴していた。航続距離が短く、空港を一回りする分の燃料しか積めないというわけだ。現在、改良型の同機は、最新の電子機器を搭載し、追加の燃料タンクと空中給油用の装置を備えている。

 

未来の戦闘機 

 第5世代の戦闘機とした開発された「1.44」は、ミグ35MFI(多目的戦闘機)と名付けられ、推力偏向エンジンを搭載し、ステルス機能を持つはずだった。

 ところが2002年に政府は、「1.44」の開発を停止し、PAK FA(第5世代ジェット戦闘機開発計画)を推進することに決定した。そのため、2000年2月29日に初飛行した、唯一の試作機は、モスクワ郊外のジュコフスキー空軍基地のグロモフ飛行研究所に保管されている。