日本のアニメはソ連時代から上映されていた。1970〜1980年代には15本ほどの長編アニメが上映されていたが、これはどの国よりも多い数であった。「長靴をはいた猫」、「空飛ぶゆうれい船」(アクションシーンは宮崎駿が担当)、「はだしのゲン」などはこの世代の者なら誰もの記憶に残っている作品である。
ソ連のテレビで放映された最初の日本のドラマは「超時空要塞マクロス」。それは1990年のことである。しかし、大々的なファンが現れたのは、1996年、テレビ局2x2で「セーラームーン」の最初のシリーズの放映が始まってからである。セーラー服を着た中学生の美少女戦士を描いたストーリーは真のカルトアニメとなり、この波はちょうどこの頃、リリースされた「ポケモン」で決定的なものとなった。
セーラー服の月
『セーラームーン』の第1〜3期はほぼ世界と同時期となる1996〜1997年に放映されたが、その後、新たなシリーズが作られるたびに、いくつかのチャンネルで2000年までほぼ毎年、放映された。次の放映予定や再放送を待てないというファンたちは、ビデオ録画をしたり、当時は大都市のあちこちで売られていた海賊版のビデオを手に入れ、楽しんだ。
当時、世界のほぼすべての国で『セーラームーン』は検閲の対象となり、暴力シーンや裸のシーンなどはカットされた。しかしロシアは例外であった。驚くべきことに、1990年代のロシアの子どもたちは、日本で放映されていたものをほとんどカットされない状態で鑑賞した。ただし、翻訳は正確性の欠けるものであった。
アニメは完全な吹き替えではなく、男女2人が上から声をかぶせただけのものであった(この手法は今でもロシアでは一般的なものである)。すべての女性の声を担当したのが女優のリュドミラ・イリイナ、すべての男性の声を担当したのが俳優のワジム・アンドレーエフである。ちなみに彼は男性以外の声も担当した。とりわけ、ショートカットの女の子である天王はるかの役を演じたのも彼である。またクイーン・メタリアの性別も何らかの理由で変わってしまい、キング・メタリーとなった。
月野うさぎは、月野バニーとなった(うさぎの英語訳から)。そして娘のちびうさも「ベビー・バニー」とされた。面白いのは、クイーン・ベリルがロシア語の響きにあわせてクイーン・ポギベリ(死という意味)となったこと。また第1期のアニメの最初のタイトルは、ロシア語に直訳されて「セーラー服の月」と紹介されていた。
また第3期までは、オリジナルでは魔法の合言葉が毎回変わっていたが、ロシア語では常に同じセリフが使われていた。それは「月のプリズム、パワーをちょうだい!」というものだった。このセリフはロシアのインターネット上で今、人気のミームとなっている。
めんこ、カレンダー、シール
1990年代、オフィシャルグッズはなかなか手に入らなかった。ぬいぐるみや人形は夢のまた夢で、外国に住む親戚か友人に頼まなければ買うことができなかった。
当時、ロシアでもなんとか手に入れることができたものといえば、トランプ、着せ替え人形、シールブック用のシール、カレンダー、キーホルダーぐらいであった。それらもかなり少量しか出回っていなかった。
熱狂的なファンは、『セーラームーン』について書かれた雑誌の記事や絵を切り抜いて集めたものである。
『セーラームーン』のグッズでもっとも一般的なものだったのが、「めんこ」。1990年代から2000年代にかけてロシアでは子どもたちの間で流行っていた遊びでもあった。『セーラームーン』の絵が描かれためんこは少なくとも3種類出回っていた。
そのうちの一つが、いわゆる「番号シリーズ」で、紺色のカバーのもので、整理番号が振られていた。ファンたちは、懐かしさから、今でもネットのパブリックページやマーケットプレイスで、自分のコレクションを完成させるため、当時、手に入れられなかっためんこを探している。
ロシアにおける『セーラームーン』人気のピークは過ぎ去ったが、再放送が行われ、また新たな世代のファンたちを惹きつけている。ロシアのTikTokでは、『セーラームーン』のハッシュタグでの閲覧数が1億8200万回を超えている。
氷上の『セーラームーン』
ロシアの有名なフィギュアスケート選手、エヴゲニヤ・メドヴェージェワ(ちなみに彼女は、アニメスタジオ「ソユーズムリトフィルム」のアニメ作家アレクサンドル・マザエフの親戚である)は1999年生まれで、テレビで『セーラームーン』が放映されていた時代にはまだ生まれていない。初めて彼女がこのアニメを見たのは大会の合間の休憩時間で、以来、アニメにハマってしまい、演技に月野うさぎのイメージを取り入れることにしたのだそうだ。
メドヴェージェワは、2016年に日本で行われたアイスショー「ドリーム・オン・アイス」で初めて、着ていたセーラー服から『セーラームーン』の衣装に早変わりし、観客は大歓喜した。それは単に衣装のせいではなく、メドヴェージェワができるだけ月野うさぎに見えるよう、顔つきやジェスチャーの練習を何時間もしたからである。それ以降も、彼女はいろいろなショーでセーラームーンのイメージを披露し、一度ならず、日本のテレビにも出演した。作者の武内直子さんはこの変身に感銘を受け、メドヴェージェワのショーを鑑賞しただけでなく、個人的に会いに行ったそうだ。
後に、メドヴェージェワは日本のアイスショー『セーラームーンプリズム・オン・アイス』に出演することが決まっていた。しかし、2020年に開催されるはずだったこのショーは新型コロナウイルスのために何度も延期され、残念ながら、最終的に中止されることとなった。