北極圏での競争と協力

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 北極圏には領土問題が存在しているし、ロシアと欧米の間にはこの地域をめぐって緊張もある。だが、今のところ、紛争の潜在的可能性は低い。こうした状況を保っていくためには、国際社会の協力が不可欠だ。

 北極圏は、資源の面からみて、世界で最も豊かな地域の一つだ。研究者たちの推算によれば、この地域には、世界における未開発の石油埋蔵量の13%、天然ガスの30%、海産物の約10%が集中しており、ユニークなエコシステムもある。ロシアを含め、北極圏に位置する、あるいは隣接する国にとっては、この地域は特別な意義を有する。

 「北極圏は、(最近)ロシアとの国際協力が縮小していないばかりか拡大している数少ない地域の一つだ」。ドミトリー・ロゴージン北極発展国家委員会委員長は、10月13日に開かれた国際問題ロシア委員会の会議「北極圏での国際協力:新たな挑戦と発展のベクトル」の席上で、こう指摘した。

 

未解決の問題

 北極圏を囲む国々が対話することは重要だ。その理由の一つは、北極海の海域は沿岸5か国(ロシア、アメリカ、ノルウェー、デンマーク、カナダ)が責任を分担しているが、いまだに各国の領海の境界が定まっていないこと。領海の線引きは、大陸棚に基づいて決められるのだが、大陸棚がどこまで続き、どこで終わっているか、決めるのがしばしば難しく、これに関して論争が行われている。

 例えば、2015年にロシアは、北極海の領海を120万平方キロメートル拡大することを求める申請を国連の委員会に提出したが、これはカナダとデンマークの領土的野心とぶつかった。申請は今のところ検討中となっている(これに関するカナダの申請はようやく2018年に出される予定だ)。という次第で、領有が争われている海域の運命は、定かではない。

 「我々が申請書を準備していた時から、他国との利害が衝突することは分かっていたので、準備は真剣に行われた。我々は今後も、ロシアの領土が北極海の大陸棚に従って拡大すべきことを、科学的に証明していく用意がある。重要なのは、この論争に政治が介入しないことだ」。ロシア大統領特別代表北極・南極圏国際協力問題担当のアルトゥール・チリンガロフ氏は、ロシアNOWに対してこう述べた。

 

相互に防衛される地域

 北極圏に豊富な資源があり、領土問題がまだ解決されていないことから、マスコミと専門家達のなかには、この地域でロシアとNATOの間に、大規模な紛争が――武力紛争も含め――起こり得るとみる者もある。例えば、英紙タイムズの論説委員ロジャー・ボイエス氏は、2016年4月に、ロシアが北極圏で軍事化を進め、新たな冷戦を始めたとして、ロシアを非難した

 軍事的に見て、ロシアがこの地域での行動を活発化させているのは事実だ。2014年には、北極圏内の北洋艦隊基地で、別個の軍管区が創られ、飛行場も再建された。新たに軍艦と潜水艦も建造されている。にもかかわらず、軍当局に近い専門家らは、「軍事化」を云々するのは正しくないと断言する。

 ロシア連邦軍参謀本部軍事アカデミー准教授であるイーゴリ・ペトレンコ氏は、北極圏ではロシアだけではなく沿岸国すべてが防衛力を高めている点を想起させる。ロシアは他国同様に、これを合法的に、安全保障を目的として行っているという。「今日ロシアは、ソ連時代のように軍事力を北極圏に集中させていない」と、ペトレンコ氏は述べる。

 同氏が強調するところでは、ロシアは北極圏のいかなる地点においても、NATO諸国に対して軍事的に優越しておらず(つまり、ロシアの同地域の軍事力は、防衛には十分だが、攻撃には不十分だ)、現状維持を目指しているにすぎないという。他の北極海沿岸諸国も、同様の立場をとっている。

 サンクトペテルブルク国立大学国際関係理論・歴史講座の助手を務めるドミトリー・トゥルポフ氏は、「北極圏の軍事化」、「北極圏をめぐる戦い」などというのは、マスコミが広めた陳腐な決まり文句にすぎないと考えている。トゥルポフ氏の意見では、およそ物事は冷静に見るべきで、北極圏における軍事行動など、そのコストや、全地域を脅かし得る経済上、環境上のリスクを考えれば、どこの国にも必要ないという。

 「資源問題も含めて、論争を調停する、既に整備されたメカニズムが存在している」とトゥルポフ氏は指摘したうえ、こう述べる。「どこかの国が、北極圏の資源のために戦争するなんて、ほとんど想像できない」

 

新たなプレイヤーの登場 

 北極圏は伝統的に、沿岸諸国、すなわち北極評議会の参加国(ロシア、デンマーク、カナダ、ノルウェー、アメリカ、スウェーデン、フィンランド、アイスランド)の利害のもとにあった。しかし、2013年に、北極評議会は、さらに12か国が常任オブザーバー参加国として加わったことで拡大された。そのなかには、中国、インド、日本、韓国なども含まれる。専門家らの指摘によれば、こうした拡大傾向には、非沿岸諸国のこの地域への関心の高まりが反映している。

 「もちろん、この地域では沿岸諸国が中心的役割を果たすことになるが、私の見解では、これらの国のみが北極圏の出来事に参加すべきではない」。こう言うのは、中国の武漢大学政治・公共管理学院の邓大松院長だ。同教授の説明では、北極圏で生起することは、北極海航路の展望に照らすと特に重要になる。この航路は、極圏の氷が解けることで、船舶の航行がより容易になる可能性がある。そのため、中国は、北極評議会で大きな役割を果たし、二国間ベースでロシアを含む沿岸諸国と協力していくことに関心があるという。

 北極海航路は、中国のみならず、日本にとっても、またその他のアジア諸国全般にとっても、魅力があると考えるのは、モスクワ国際関係大学・東洋学講座主任のドミトリー・ストレリツォフ教授だ。「例えば、日本からヨーロッパに、北極海航路を使って航行した場合は、南回りのルートに比べて、時間的に12日間も短縮されるし、安全な地域を通ることができる」

 ロシア科学アカデミー付属東洋学研究所のウラジーミル・ペトロフスキー主任研究員も、北極圏の国際化は必至だとみる。「北極圏は、イギリス人の言うグローバル・ユーティリティ(global utility)にいよいよ変貌していく。宇宙やインターネットのようなもので、そこでは多種多様な利害が交錯している」。ペトロフスキー氏はこう述べたうえ、次のように指摘した。北極圏の健全な発展のためには、全人類の努力が不可欠である。したがって、この地域に新たな国々が入ってくるのを恐れるには及ばず、協力関係を発展させていくべきであり、互いに話し合い、合意すべきだ、と。

 

*この記事は、国際問題ロシア委員会の会議「北極圏での国際協力:新たな挑戦と発展のベクトル」の資料に基づき、執筆された。なお、この会議は、北極評議会開催20年を記念して開かれた。

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