人命を救うロシアの英雄たち

 イシュチンさんプロの兵士の家庭出身者だが、非常事態省リデル・センターでは、ドローンの操縦を担当している。任務の中には、飛行機の墜落現場や災害発生地域での、生存者探しも含まれている。 イシュチンさんは、この職種を未来の職種の一つだと考える。「私の仕事は発展中の将来性のある分野。気に入っている」とイシュチンさん。

 イシュチンさんプロの兵士の家庭出身者だが、非常事態省リデル・センターでは、ドローンの操縦を担当している。任務の中には、飛行機の墜落現場や災害発生地域での、生存者探しも含まれている。 イシュチンさんは、この職種を未来の職種の一つだと考える。「私の仕事は発展中の将来性のある分野。気に入っている」とイシュチンさん。

アレクセイ・イシュチンさん(32)/Stoyan Vassev撮影
 有名人でも、映画スターでもない、パパラッチのカメラの被写体になることもない、縁の下の力持ち。日々の仕事は人命救助。ロシア連邦非常事態省の職員である救助員に、焦点をあてる。
 核・生物・化学防衛の専門家であるオシポフさんは、プロの兵士になることを夢見てきた。陸軍幼年学校を卒業し、核・生物・化学防衛軍事アカデミーを卒業した後、この夢はかなった。 現在、オシポフさんは民間部門で軍事スキルを活用している。高リスク救助任務を専門とする非常事態省「リデル」センターのメンバー。
 グリツェンコさんはこの年で、すでに世界の半数の国で活動した。ネパール、エジプト、カメルーン、チュニジアで地震が発生した際にはがれきの撤去を行い、インドネシアの森の奥で航空機の墜落事故が発生した際には2日かけて現場まで歩いた。 シリアで洪水が発生した後に行った清掃作業に対して、勇気勲章を受勲している。 現在は非常事態領域第一救援作業局の局長。
 ダゲスタン共和国出身のクンヌエフさんは、救助員になりたいと考えていたが、警察官になった。それでも運命的に非常事態省リデル・センターの配属となり、救助に携われることになった。クンヌエフさんはプロの登山家救助員。 これは簡単な仕事ではない。森の中の高温多湿や険しい場所は、救助員が直面する困難のほんの一部にすぎない。 効率的な作業には、肉体的、精神的な健康を要する。2010年にポーランドの大統領の乗った飛行機が墜落した際に、直後に現場入りした一人であるクンヌエフさんは、「遺体を見るのがとても辛かった」と話す。
 マムレンコさんは空飛ぶことを夢見てきた。パイロットになりたいと思っていたが、アカデミーに入学できなかった。だが、空は活動拠点になった。パラシュート部隊員として非常事態省リデル・センターに入り、飛行機やヘリコプターから約5000回以上降下した。 「非常事態省で働いて、人々が厳しい状況を乗り越える手助けをできることがわかった。我々は最も多彩でしっかり訓練されたチーム」とマムレンコさん。
 運命はマルコフさんを消防士の道へと導いた。学校の6人の消防士候補者の中から選ばれた。 マルコフさんは自分の仕事について、尊敬の気持ちを込めながらとても真摯に話す。「仕事は仕事。感情を加える余地はない。かかってくる電話のすべてが緊急。例外はない」とマルコフさん。
 シャミンさんの職種は、非常事態省の中でもかなり珍しい。ロボットのオペレーターで、RTS RR(放射線調査ロボット機械)などを制御している。 シャミンさんは2012年、クルスク州で28週間活動し、213トンの農薬および化学物質を集めて保管した。
 救助員のチェルネンコフさんは、難しくて危険な火薬技術者の仕事を選んだ。命をリスクにさらしながら、第二次世界大戦時からの爆発物、地雷、不発弾の処理をしなければならない。 2011年にテロが発生した際にドモジェドヴォ国際空港で作業し、クリミアではケルチ要塞を含む場所から危険な爆発物を撤去した。 一度、命を失いそうになったことがある。2010年代初めにセルビアで倉庫火災が発生した際、重い物が地雷の上に落下し、起爆装置が砕けた。だが幸いにも地雷は爆発しなかった。チェルネンコフさん二度目に生まれたように感じた。
 ソニナさんは子どもの頃から犬が大好きで、犬と働くことを夢見ていた。畜犬学者の仕事を選んだのは自然なことだ。犬のガディ君は爆発物を探す訓練を受けている。 ソニナさんとガディ君はただ一緒に働いているだけでなく、楽しんでいる。ガディ君は大会や展示会に参加することもある。 2015年にネパールで地震が発生した後に、がれきの下で人を探したこともあったという。 *参照元記事(露語)
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