ソ連指導者の娘からダイアモンドのブローチを盗んだスリ

ソ連特集
ニコライ・シェフチェンコ
 捜査段階において多くの謎が残され、少なからずのソ連高官たちのキャリアが台無しになった。

 1981年7月のある夜、ソ連の特権階級である高官たちの子女がモスクワ近郊のアルハンゲルスコエ宮殿に集まっていた。この歴史ある名跡の全体が私的なパーティーのために借り上げられていたのだが、そこで起こったのが窃盗事件、そして殺人事件である。

一連の不幸な出来事

 1981年7月28日夜、モスクワ郊外のアルハンゲルスコエ宮殿に多くの人が自家用車でやってきた。ソ連高官の子女がこの夜のパーティーのために集まってシャンパンを飲み、禁止されていた西側の音楽に合わせて踊り、ソ連に平等な社会を築くと宣言したまさにその者だが、あってはならない富を見せびらかせていた。

 当時、ソ連指導者であったレオニード・ブレジネフの娘、ガリーナ・ブレジネワはこのようなパーティーに頻繁に参加していた。そして、その夜も例外ではなかった。彼女は美しく着飾り、ダイアモンドを身に着けて会場に現われたのだ。 

 しかしながら、一連の不幸な出来事によって、その夜の楽しいパーティーはとんでもないことになった。最初は招待客のひとりが貴重なタバコ入れがなくなったと、宮殿の管理人に訴えた。そして、他の何人かも私物が見当たらないことに気が付いた。そして、ついに、誰もが注目するブレジネフ書記長の娘がダイアモンドのブローチがないと言い出した。これは伝えられるところによれば、この日のためにクレムリンの「武器庫」のダイアモンド庫から借り出したものだと言う。

 震え上がったスタッフたちは宮殿のあらゆる場所を狂ったように捜索し、ダイアモンドを見つけ出そうとしたが、また別のショッキングな事件が発覚した。窓のひとつが少し開いていて、そこから血痕が森まで続いていた。その跡を追っていくと、スタッフのひとりが男性の刺殺体に足をとられたのだ。

事件現場

 まもなく、モスクワ警察が事件現場に到着した。 ブレジネフ書記長の娘が直接この事件に関わっていることから、ソ連の警察の首脳にとってこの事件は最重要なものであった。場合によっては彼らの職が脅かされることになるからだ。そしてこの事件には再有能な捜査官があてられた。

 「これは超緊急事態だ。このような事件はこれまでに起こったことがない」。主任捜査官アルカージー・チェルノフは数年後ソ連崩壊した後のインタビューの中で語っている。

 警察はすぐに死体の身元をつきとめた。この男は元スリのニコライ・リズノフだった。彼は、裏社会で名をあげ、犯罪組織のリーダーにまでなった。

 犯罪組織のリーダー殺しとブレジネフ書記長の娘の窃盗事件が一緒になって事態はたちまち複雑に絡み合い、あっけにとられた捜査官はパーティーの参加者に対してたちまち聞き取り調査を始めた。そして、まもなく彼らは被疑者を割り出した。

第一の容疑者 

 パーティーの参加者は、次々と、ある若い男が踊りながら人にぶつかっていたことを思いだした。その男が誰かは分からなかったが、捜査員はこの男が「スリ」だと考えた。そして、このスリはインガ・ソロヴェイと言う18歳のまた別のソ連高官の娘と連れ立って来ていたことが分かった。

 捜査員はインガ・ソロヴェイを尋問したが、この容疑者が何者であるか詳しいことは分からなかった。

 「彼女が真実を語らず、知り合いの男を逃がそうとしていたことは明らかだった」。主任捜査官チェルノフはこう語っている。

 ソロヴェイが身柄を拘束されてすぐ、彼女は妊娠していることが分かった。

この事件を早期解決しなければならない重圧を受けながらも、協力的でない被疑者に業を煮やした捜査員は、頑固なうえに妊娠しているこの女性に自白を迫るよりも、別の計画を考えた。彼女を釈放した上で、24時間体制で監視下に置くのだ。

 「少しも疑いは持たなかった。父親が助けてくれたものだと思いこんでいた。だから、友人や親友たちに電話をかけた」とソロヴェイは数年後のインタビューでこう語った。

 しかしながら、捜査員の期待を裏切って、この女性には女友達がひとり訪ねて来ただけだった。狙いの「スリ」の影はまったくなかった。

奇術師

 ある日、捜査員は情報提供者からモスクワの豪華ホテルのひとつのレストランで奇術を披露しているマジシャンについての情報を得た。このマジシャンは、一組のトランプや、タバコひと箱を空のガラス瓶の中に移動させることができるようなのだ。レストランのスタッフが、この男が警察の用意した似顔絵の男に似ていると確認したことで、捜査線に浮かんだのだ。

 警察はソ連中の様々なサーカス学校の卒業生を調査した。卒業者ファイルを調べるうちにこの被疑者を発見した。それは、アンドレイ・クルジャエフという名の19歳の男だった。

 クルジャエフはキエフに住むレオニード・クルジャエフというサーカス団員の家族に生まれた。父であるクルジャエフは息子にサーカスの演技を教え込んだが、団員にすることは出来なかった。というのも、演技の最中に起こった事故で怪我をし、続けることが不可能になったのだ。グレてしまった彼は悪の道に進んでしまう。

 アンドレイ・クルジャエフはスリの技術を最高のレベルまで磨いた。しかし、彼の悪の道における師匠がキエフで逮捕されたため、彼は逮捕を怖れモスクワに逃れた。ソ連の首都では、彼はスリで金を稼ぐとともに、民衆に手品を披露した。

 ある日、クルジャエフは モスクワにあるビーチでくつろいでいた。そして、この日、このワルのマジシャンがソ連高官の娘と出会ったのだ。クルジャエフにとって、こののぼせ上がった娘がソ連社会のトップまでつながる道になるのだ。ソロヴェイにとっては、彼は力のある敵から隠れることを強いられた才能あるサーカス団員だった。そして2人は恋に落ちた。

謎の死

 アンドレイ・クルジャエフの以前の写真を、ソロヴェイを監視しているチームが撮影した写真と見比べると、この被疑者は常にすぐ近くにいたことが分かった。しかし、彼は女装していたのだ。

 警察はソロヴェイに会いにやって来たクルジャエフを逮捕しようとした。クルジャエフは抵抗して、警察官を刺そうとしたが、未遂に終わった。彼は捕らえられ、尋問のため、警察署に連れていかれた。

 しかし、捜査官たちはクルジャエフから多くの情報を得ることはできなかった。彼は黙秘を続け、口を割ることはなかった。捜査官の印象では、この男は、他の強盗組織につながる可能性があるため、何かを、もしくは誰かを怖れているのだろうと考えた。しかし、この疑いを証明するものも彼から得ることは出来なかった、

 それ以外、とてもそっけないものであったが、彼の自白を得た。

 「すべての出来事について自分を許すことはないだろう。自分以外の誰も責めない。これは自分が愚かで傲慢であったから起こったのだ。しかし、インガのせいではない」。この被疑者はこう語った。 

 クルジャエフは、パーティーの最中に個人的に向かってきた犯罪組織のリーダーを刺したことは認めた。しかし、ブレジネフ書記長の娘のダイアモンドのブローチを盗んだことを認めることは拒否した。

 公式にはこの事件は解決した。しかし、重苦しい感情がしつこく主任捜査官アルカジー・チェルノフを悩ました。どうして被疑者はこんなに恐れ、協力的でないのだ。彼はひとつを除いて他のすべての罪を認めたのに。

 チェルノフがこの疑問に対する答えを得ることは永遠に出来なくなった。逮捕から2週間後、クルジャエフは拘置所で首を吊っているのが発見されたのだ。彼は自殺したと公式発表された。しかし、今日に至るまで、クルジャエフの自殺については謎が多い。

 インガ・ソロヴェイは愛した男の死を知って、精神を崩壊させ、流産した。

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