ソ連の酔っ払い収容施設とはどのようなものだったのか?そしてその施設はどうなったのか?

Alexander Shogin/TASS
 水風呂に入らせる、アンモニアを染み込ませたタオルを顔に当てる、解雇すると脅す・・・。ソ連の酔っ払いの酔いを醒ます方法はこれだけではなかった。酔い醒ましの方法は他にどんなものがあったのか、また酔っ払い収容施設はいま、どうなっているのか?

 高齢の麻酔医師で、ふくよかな体つきをした髪の短い女性が集会所の長いテーブルに腰掛けている。10㌢ほど離れたところにマイクが立っていて、彼女はそれに向かって、モノトーンな声でアルコールの危険性について話している。さらに数㍍離れたところには椅子があり、髪はボサボサで、シワだらけで、酔いから完全にはまだ醒めていないどんよりした顔をした数十人の男性が座っている。

 「何度もここに来た人から始めます。グレポフ・ニコライ・イワノヴィチさん。立ってください。施設には8回も入っていますね。あなたとは本当に真面目に話をしなければなりません。薬物依存の専門医のところで治療をしたというのに、まだ飲んでいるんですか?」 彼女は、コートを着て、チェック柄のマフラーをした細い金髪の男性を叱りつける。

 男性は子どものように、言い訳をし、治療して、8ヶ月間飲まなかったが、それから治療を中断し、また酒に手を出すようになったと話す。医師は、自分で治せないのなら、わたしがなんとしても治すと言うのだが、また別の患者が「酔っ払い」の味方につく。

 「あなたは治療を助けていると思っているのですか?わたしも治療しましたが、性器にも肝臓にも影響が出るんです!」と男性は憤慨する。

 「それはウォトカのせいでしょう!」と医師は反論する。

 ソ連時代の酔っ払い収容施設での、アルコール中毒予防の標準的な会話はこのようなものであった。この酔っ払い収容施設はソ連のほぼすべての都市にあり、廃止されたのは2011年になってからのことだ。いったいこの施設はどのように機能し、どのようにして酔っ払いの酔いを醒ましていたのだろうか?そして現代ロシアでこれに代わるようなものはあるのだろうか?

最初の酔っ払い「シェルター」

キシナウ(モルドバ社会主義共和国)の酔っ払い収容施設にて、1987年

 酔っ払い収容施設がロシア帝国で誕生したのは1900年代の初頭。もっとも初期のものの一つができたのはトゥーラで、「酔った人のためのシェルター」と名付けられた。

 小さなレンガの建物にいくつかのベッドが並んでいて、アルコールのせいで立てなくなったり、酷寒の中、通りで眠り込んでしまった人などがここに運び込まれた。施設を管理していたのは警察または特別に雇われた御者たちだったと雑誌「ディレタント」には書かれている。 

 「シェルター」では、新しく運ばれた人たちに食事が与えられ、睡眠を取らせ、朝になると家に帰された。酔っ払いには、ピクルスの漬け汁、ときにはアンモニアが飲まされ、ストリキニーネやヒ素などの皮下注射をすることもまれにあった。そしてシェルター内の唯一の楽しみはレコードだったという。このような「シェルター」には、男性だけでなく、女性も運び込まれた。ときには子どもと一緒に運ばれてくる者もいた。こうした場合のために、「子どもコーナー」があり、親の酔いが醒めるまで、子どもはそこで待機した。

キシナウ(モルドバ社会主義共和国)の酔っ払い収容施設にて、1987年

 タス通信によれば、「施設が開設されてからの1年で、トゥーラで、酔っ払って通りで死亡する人の数は1.7倍減少した。1909年に施設で酔いを醒ました人の数は3,029人、診療所では87人となり、順調に治療できた人の割合は60.72%に達した」。

 1910年には、こうした成果が全国で見られるようになったが、これらの施設は1917年の革命まで稼働した。

証明書と水風呂

 酔っ払い収容施設が再開するようになったのは1931年。酔っ払いを運び込む仕事をしたのは警察だったが、この時には酔っ払いの扱いには遠慮などなかった。 

 麻薬専門病院の医師、アレクサンドル・ドレイツェルは次のように書いている。「なんとか酔っ払いを連れて行く。彼は反抗し、文句を言い、ケンカを仕掛ける。当直の警官と救急医、経験のある人たちが、素早く彼を従わせ、床に寝かせ、アンモニアを含ませたタオルを彼の帽子に入れ、顔にかぶせる。するとものすごい叫び声をあげるが、しかし彼はすでに半分、なすがままにされている。するとスタッフたちは彼をソファに寝かせ、ほぼ1分で裸にする。頭から後ろに向けて洋服をすべて脱がせるのだが、このときにボタンが飛んでしまうこともよくあった。それから酔っ払いを冷たい水を張ったバスタブに入れる。裸の男性というものは、いつでも衣服を身につけているときよりも従順なのである(女性についてはそうではないが)とアレクサンドル・ドレイツェル医師は著書「救急医の日誌」に書いている

 この後、医師は、酔っ払いに怪我がないか診察し、 ベッドで寝かせる。持参品やお金はすべてチェックし、特別な袋に入れておき、朝になると返還された。この酔っ払い収容施設に滞在するのは無料ではなかった。料金は25ルーブルから40ルーブルで(1940年の平均月収は200〜300ルーブル)、その金額は酔いの程度によったという。支払った料金には「医療サービス」を受けたとして領収書が手渡された。

チェレポヴェツ市のの酔っ払い収容施設にて

 酔っ払いの問題はこれでは終わらなかった。施設に収容されたことについては、警察から職場に連絡され、これによって、酔っ払いはボーナスをカットされたり、解雇されたりした。もしそれが学生であれば、大学から除籍されることもあった。施設で酔いを醒ました人の多くは、そのようなとんでもない結果を招くまいと、連絡が行かないよう、警官に賄賂を渡した。 

 1年間に3回この施設に入った者は、麻薬中毒病院に送られ、そこで検査や治療を受けた。また施設の職員や中毒専門医と対話をすることが義務付けられた。そしてこれを目的に、施設内には、アルコール中毒予防部門が特別に設けられていた

チェレポヴェツ市のの酔っ払い収容施設にて

 この酔っ払い収容施設には、妊娠女性、未成年、障がい者、軍人、警官、ソ連英雄、社会主義労働英雄が運ばれることはなかった。こうした者は職場か病院、または自宅に運ばれたのである。 

 しかしながら、ミハイル・ゴルバチョフ元大統領の国際問題補佐官を務めたアナトリー・チェルニャエフ氏の回想によれば、こうした措置も事態を改善することはできなかった。1950年から、アルコールの使用量は4倍増加した。また犯罪の3分の2は、酩酊状態で行われた。この主な原因についてチェルニャエフ氏は、アルコール飲料の生産の増加だと指摘する。 

 1985年5月30日から、ソ連内務省の指示により、酔っ払い収容施設には、「人間としての尊厳を失い、社会的道徳を侮辱する」すべての酔っ払いが運び込まれるようになった。 そのほとんどは通りや広場、公園、鉄道駅、空港などの公共機関にいる人たちだった。未成年が運び込まれるのは例外的なときのみであった。それは個人情報や居住地が確認されなかった者たちである。外国の外交官を収容することは禁じられ、もしそのような外交官を見つけたときには、都市や地区の当直に報告が行われ、その指示に従って行動した。

 ソ連邦崩壊後、この酔っ払い収容施設は次第に少なくなっていき、2010年にドミトリー・メドヴェージェフ大統領が1985年の政令を廃止し、2011年にはすべての施設が閉鎖された。 

現代のアルコール中毒者たちの運命と酔っ払い収容施設2.0

 かつての施設が閉鎖されたことにより、ひどい酩酊状態にある人やアルコールにより意識不明の人たちは一般の病院に運ばれるようになった。また知り合いが酔っ払ったときには、希望により、民間病院の医師を呼ぶこともできる。病院に収容してもらい、薬や点滴を受けた場合、1,500ルーブル以上(およそ2100円)の支払いをしなければならないが、統一された料金というものはない。

酔っ払い収容施設に送られた男性

 配達員のマクシム(仮名)は2020年9月、知人女性のエレーナの酔いを醒ましてもらうため医師を自宅に呼んだ。 マクシムいわく、2人は徹夜でいくつものバーを渡り歩き、レーナは男性と知り合い、マクシムを追い払い、酩酊状態のまま、知り合ったばかりの男性の元に行ったという。

 「1日、行方が分からなくなり、次の日の夜、知らない女性が彼女を僕のところに連れてきてくれ、アルコールを飲まされただけでなく、麻薬を打たれたと話してくれたんです。唇は紫になっていて、反応がまったくありませんでした。それで良い醒ましの医師を自宅に呼びました。2人医師がやってきて、心電図を取り、点滴をしてくれました。民間の病院での治療を受けさせようと思ったのですが、14万ルーブル(およそ19万円)かかると言われました。そんなお金はないので、結局1回呼んだだけで終わり、15,000ルーブル(およそ2万円)支払いました」。

 マクシムによると、エレーナは数時間後に目を覚ましたが、何も覚えておらず、まるで何もなかったかのように職場に向かった。

 チェリャビンスク、サンクトペテルブルク、ニジニ・ノヴゴロドなど、ロシアのいくつかの都市では地元政府が再び酔っ払い収容施設を開設している。開設費用は、地域の予算から拠出されている。中程度の酩酊状態の人たちが運ばれており、医師が観察し、緊急医療が必要なければ、正気に返るまでベッドで寝かせるのだそうだ。

 2021年1月1日には、酔っ払い収容施設復活に関する法が施行された。警察職員たちが公共の場所でフラフラした状態にあるすべてのアルコール、麻薬、毒物の中毒患者の酔いを醒ますことになる。またもし家にいる酔っ払いを収容してほしい場合、警察に申請を出し、警察がその酔っ払いが人の命や健康に害を及ぼしたり、財産に損害を与える可能性があると判断すれば、収容所に入れることができる。

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