生きているロマノフたち:主だったツァーリの子孫6人を紹介

Yuri Belinskiy/TASS; Matryoshka1890 (CC BY-SA 4.0); Getty Images
 かつてロシア帝国を治めたロマノフ家の子孫は世界中に住んでいる。王朝の回復はあり得ないが、彼らは依然として大公と大公女であり、先祖のさまざまな遺産を継承、保持している。

アンドレイ(アンドルー)・アンドレーエヴィチ

アンドレイ(アンドルー)・アンドレーエヴィチ大公

 アンドレイ(アンドルー)・アンドレーエヴィチ大公(1923年1月21日生まれ)は、ニコライ2世の甥の息子で、ニコライ1世の玄孫。現在はロマノフ家の家長だ。

 彼の父、アンドレイ・アレクサンドロヴィチ大公(1897~1981)は、1918年12月にイギリス海軍の戦艦マールバラに乗ってロシアを離れ、革命の恐怖から逃れることができた。革命の惨禍は、ロシアにあったロマノフ家の人々に襲いかかっていた。

 アンドルー大公は英国で育った。彼は、第二次世界大戦で一介の水兵として戦い、戦後はアメリカに移住して、そこで農業に従事。さらにブローカー、不動産業者、大工、その他多くの仕事をした。

 アンドルー大公は、正式な美術教育を受けていなかったが、やがてアーティストとして知られるようになる。2回の結婚歴があり、3人の子供がいる。現在、大公は、妻のアメリカ人画家、イネス・ストラーと、カリフォルニア州インバネスに住んでいる。

オリガ・アンドレーエヴナ

 オリガ・アンドレーエヴナ大公女(1950年4月8日生まれ)は、アンドレイ(アンドルー)・アンドレーエヴィチ大公の腹違いの妹に当たり、「ロマノフ家協会」の会長を務めている。これは、ロシア皇帝ニコライ1世の男系子孫の組織だ。

「プロヴェンダー・ハウス」

 オリガ大公女は、イギリスのケントにある「プロヴェンダー・ハウス」で育った。これは、彼女の母親が所有していた13世紀の壮麗な歴史的建造物だ。彼女は2000年に、この邸宅と30エーカー(12ヘクタール)の土地を相続し、資金を調達して修復。部分的に一般公開している。

ロスティスラフ・ロスティスラヴォヴィチ

 ロスティスラフ・ロスティスラヴォヴィチ大公(1985年5月21日生まれ)は、「ロマノフ家協会」の副会長を務めている。

 彼は米国で生まれ育ち、英国のファルマス大学で美術を専攻した。「私の家族は、私が特別な人間だと教え込んだりしたことは一度もない。両親は、私がロシア皇帝の子孫だと言いふらすのを望んでいなかった」。ロスティスラフ大公はインタビューで述べている。

 ロスティスラフ大公は、今健在のロマノフ家の人間の中では、ロシアを頻繁に訪れる唯一の人物だ。彼はかつて時計工房「ラケタ」でデザイナーとして働いたことがあり、ロマノフ朝400周年を記念した時計をデザインした。彼はロシア語を少し話し(しかし常にブラッシュアップしている)、ロシア正教会の信者だ。

 現在のロマノフ家の家長、アンドレイ(アンドルー)・アンドレーエヴィチ大公には、息子が3人いるものの、いずれも男児がいない。これを考えると、やがてロスティスラフ大公がロマノフ家の家長になる可能性がとても高い。

 ロスティスラフ大公は、一時的にせよ、ロシアに「帰還」した唯一のロマノフだ。2009年から彼は、ロシアに2年間住み、ロシア語を学んだ。今は、英国のイーストサセックスに住んでいる。

ダニエル・ジョゼフ・ロマノフ

 ダニエル・ジョゼフ・ロマノフ(1972年3月19日生まれ)は、米国で生まれ育った。彼は、アレクサンドル・ミハイロヴィチ大公(1866~1933)の曾孫である。

 彼はシカゴのジェームズB.コナント高校を卒業し、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校に入学して、会計学の学士号を優等で取得。さらに、同校で経営学修士号も優等で取得した。公認会計士(CPA)でもある。

 ダニエル・ジョゼフ・ロマノフは、「ロマノフ家協会」の一員だが、「大公」の称号を用いない者の一人だ。彼は現在、イリノイ州シカゴに住んでいる。

ナタリア・ニコラエヴナ

ナタリア・ニコラエヴナ大公女(真ん中)、ニコライ・ロマーノヴィチ・ロマノフ大公(左)、ジュゼッペ・コンソロ(右)

 ナタリア・ニコラエヴナ大公女(1952年ローマ生まれ)は、ニコライ・ロマーノヴィチ・ロマノフ大公(1922~2014)の長女。大公は「ロマノフ家協会」の元会長で、皇帝ニコライ1世の玄孫だ。

 1973年、ナタリア・ニコラエヴナは、ジュゼッペ・コンソロ(1948年生まれ)と結婚した。彼は当時、科学者でジャーナリストだったが、後にイタリアの政治家となり、上院議員および上院副議長を務めた。夫妻の子供は二人いるが、エンゾ・マンフレディ(1976~1997)は、1997年に事故死している。もう一人は、ニコレッタ・コンソロ(芸名ロマノフ、1979年生まれ)だ。家族はローマに住んでいる。

ニキータ・ロスティスラヴォヴィチ・ロマノフ

 ニキータ・ロスティスラヴォヴィチ・ロマノフ大公(1987年1月24日)は、前記のロスティスラフ・ロスティスラヴォヴィチの弟。彼は、両親が米国から英国に移住した後で、ロンドンで生まれた。

 ニキータ・ロスティスラヴォヴィチは、我々がほとんど知らない、現代のロマノフの一人だ。彼は1998年に初めてロシアを訪れ、皇帝一家(ニコライ2世、皇后アレクサンドラ・フョードロヴナ、娘〈大公女〉のオリガ、タチアナ、アナスタシアおよび召使)の遺骨の改葬に参列した。

 彼は、英国のノーサンブリア大学を卒業し、現在はニューヨーク在住で、広告業に携わっている。

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