「わたしはサーシャ。わたしには大腸がなくて、それゆえに嫌われているの」

Pixabay, sasha_govorit/Instagram
 サーシャ・クデリナさんには大腸がない。24歳のサーシャさんはストーマ用装具を着けて生活し、ビキニを着た写真を投稿しているのだが、そのことで彼女をヘイトする人がいる。

 それは2015年の日差しの強い暑い日だった。サンクトペテルブルクには珍しい天気である。サーシャ・クデリナさんは20歳になったところで、試験を目前に控えつつ、ホテルの事務所での夜間のバイトをすることになっていた。すべては皆と同じであった。卒業し、友人とパーティを開き、ボーイフレンドと過ごし、少しずつ大人になっていくそんな青春の過程にあった。しかし予期せぬあることが起きたのである。

 「一体それが何なのか分かりませんでした。お腹と腰に鋭い痛みが走るようになりました。そして痛みに襲われるとトイレに駆け込む状態で、それが1日に20回ほど。便にはいつも血が混じっていました」。

 下された診断は潰瘍性大腸炎。そして4年後、大腸を全摘出した。それは彼女の人生でもっともつらい4年であった。結腸切除術という手術は治療がうまくいかない場合の最後の手段である。その後、サーシャは「こちらサーシャです」というブログSasha_govoritをスタートし、そこで手術の前と後の人生について綴っている。またストーマ用装具を着けた幸せそうな写真を投稿し、病気の診断は死刑の宣告ではないと書いている。

 しかしメディアが彼女について取り上げたとき、彼女は今までとは違う反応を目にすることになる。「わたしのインスタグラムにはネガティヴなコメントはこないけれど、ニュースのポータルサイトなどにはわたしに対する非常にネガティヴな意見が書かれているのです。“なぜわたしがこんなものを見せられないといけないの”とか“子どもを怖がらせないでちょうだい”とか。一番よく寄せられているコメントは“わたしが誰かと一緒に映っている写真を見て、その人に不快感を与えている”というものです」。 

「わたしは床に座り込み、大声をあげた」

「自分の身に何が起こっているのかをどうやって理解したか覚えていません。この病気が嫌な病気なのだということは理解していました。診断を下されたときにどう思ったか思い出してみると、そのときのわたしの反応は“仕方ない。それで生きていくしかないわ”というものだったと思います。大腸を摘出するなんて知らなかったし、若い女性なのに、ストーマ用装具を着けて生きていくことになるなんて知らなかったのです」とサーシャさんは言う。

 潰瘍性大腸炎と言うのは、自己免疫疾患である。この病気に苦しむ人の割合は0.1%以下、つまり10万人に35〜100人という難病だ。概してその原因は、遺伝的因子と食生活などの環境要因によると言われている。抗生物質の服用で発病する人もいれば、脂っこい食べ物の食べ過ぎで発病する人もいる。サーシャの場合はストレスが原因であった。職場での言い争い、夜間のシフトでの働きすぎなどもその要因だった。多くの場合は症状の改善や消失(寛解)が認められるが、その期間は長くは続かないこともあり、再発も多い。

「わたしの記憶では、7月9日月曜日に退院したのですが、すべて順調で出血も少なくなっていましたが、完全になくなったわけではありませんでした。7月15日に友人たちと一緒にワールドカップの決勝戦を見る約束をしていました。外は素晴らしく晴れた日で、わたしは明るい色の軽いワンピースを着て、サンダルを履いていました」。

 男友達と一緒に地下鉄に乗ったとき、差し込むような腹痛を感じました。エスカレーターを上りながら、目を見開いた状態で、ほとんど意識はありませんでした。中心部の地下鉄の駅から出て、大急ぎで走って、真っ先に目に飛び込んできたのがKFCでした。猛ダッシュで階段を走りながら、もう間に合わないと思いました。必死で走りましたが、涙がボロボロ出てきて、足の間からは血が流れてきて、もうどうすることもできませんでした。這うようにしてKFCの店内を進みましたが、トイレにはものすごい行列ができていて、トイレには個室が2つしかありませんでした。大急ぎで並んでいる人たちを追い抜いて、トイレに向かいました。そして床に座り込み、大声をあげました。なぜならどうしたらいいか分からなかったからです。清掃人の女性がわたしの様子を見ていて、ペーパータオルを1ロールくれました。わたしは洋服を脱いで、血を拭きました」。

 このようなことが何度もあったという。そんなことが続いたあとでは、大腸の摘出手術を受け、一生、ストーマ用装具を着けるという方法も最悪ではないと思えたのも驚くことではない。「ですからそれは難しい決断ではありませんでした。もうどうでもよかったのです」。

それほど恐ろしいことではない

 サーシャはストーマ用装具を着けることをすぐに決心した。両親も親友たちもその考えに同意した。しかし問題はそれ以外の人々だった。遠い親戚や知人から電話がかかって来るようになったという。「“よく考えなさい。自分の体の臓器を切除して、自分の体に傷をつけるなんて”と。それは暗にそんな女性は相手にされないし、出産もできないというほのめかしでした」。

「ロシアではストーマ用装具を着けている人に対しては複雑な考え方があります。なぜなら普通は洋服の下に着けているので、人々がそれを目にする機会がないからです。誰もが、このストーマ用装具を人に見せるのは失礼だと考えているのです。わたしも今はまだロシアのビーチでビキニを着て歩く気持ちにはなれません。誰もそれがどのように機能しているか知らないのです。わたしの体から何かが出てくるのが見えるのではないか、臭いがするのではないかと思っているんです。しかし視力の弱い人がメガネをかけるのを恥ずかしがったりはしません。なぜわたしがビキニを着るのを恥ずかしがらなければならないのでしょう」。

 潰瘍性大腸炎を発症してからの4年の間、サーシャはときどき旅行をした。このような診断を受けた人が旅行をするのは難しいものである。ロシアでは多くの医師がこれについては同じ意見を持っている。「わたしが障害者認定を受けたとき、わたしが旅行したことを知った医師らは、そんな診断を受けた人にとっては郊外のダーチャに行くのすら恐ろしいことだと言いました。しかし残念ながら、わたしが旅行を楽しみ、微笑み、かわいい女性でいられることに大きな反感を持つ人々がいるのです」。

 サーシャは難病を患う人々がよく口にする「なぜわたしが?」という質問が好きではないという。彼女はこの質問は非建設的だと感じていて、できるだけ避けているのだそうだ。ストーマ用装具を着けている多くの人々が、そんな自分を受け入れることに大きな問題を抱えているという。「わたしがブログを始めたのは、同じような状況にある人、またはこれからそのような判断をしなければならない人を助けたいと思ったからです。摘出をすべきだと言っているわけではありません。わたしはただ、こうして楽しく暮らしているし、何も恐ろしいことはないと伝えたいだけなのです」。

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