サンクトペテルブルクの若者がリフォームするソビエト時代のコムナルカ

2017年12月27日。サンクトペテルブルク。ペトログラード地区のコムナルカのキッチン。

ピョートル・コワリョフ撮影/TASS
 ロシアの「北の都」の若者らが新しい共同生活の方法を模索している。それは家庭内のけんかと風呂の順番決めに基づく生活というより、創造性と心地よい雰囲気に基づく生活だ。

 マリインスキー劇場のすぐ後ろに、サンクトペテルブルクのとっておきの秘密の一つ、コロムナ地区がある。

 「トリグリンキ」は、コロムナにある多くの新しい共同生活空間の一つだ。薄暗い階段を一番上まで上がれば(壁は愛や平和、野菜のメリットを叫ぶ落書きで埋め尽くされている)、訪問者を迎える明るい黄色のドアがある。そこには連絡事項と、ここへ入居しに来た人、あるいは単に交流をしに来た人に対する規則の一覧が貼られている。アート、豆腐、高尚ぶった映画、テクノパーティーは歓迎。酒、薬、肉はご遠慮。

 これが不快に思えるなら、ドアを開けて中に入ろう。サンダルの束と冬用のブーツが玄関の棚を埋めている。キックスケーターが壁にぶら下がり、折り鶴が糸で優雅に吊るされている。ソフトなエレクトロ・ポップが台所の大きなスピーカーから流れており、壁際にはピアノが置かれ、灌木に絡まるクリスマスの電飾が光っている。いつ何時でも、住民が掃除をしたり、イベントを計画したり、お茶を飲みながら議論したり、ヨガをしたり、次の改装とリフォームの案を練ったりしている姿を見ることができるだろう。

 近年、コロムナは新しいタイプのコミュニティーを模索する若者にとっての中心地となっている。地理的に街の中心部に近く、家賃は安く、工夫し甲斐のある面白い空間がたくさんある。その代表例トリグリンキは、それ自体興味深いソビエト時代の遺物であるコムナルカを占有している。これらの20世紀の共同住宅は、21世紀の斬新なコンセプトに基づいて作り変えられている。 

コムナルカの略史

 コムナルカは一般的なアパートのようだが、ふつうとは異なる点が一つある。個々の部屋が、一家族を収容できるほど大きいのだ。その起源は帝政時代にまで遡るが、ボリシェヴィキ革命後、コムナルカという語がクローズアップされ、ソビエト的現象となった。階級や出自の異なる人々が寄り添って暮らすという点に、レーニンは真の共産主義的潜在性を見出した。そして圧倒的多数が農村の出身者だった市民を急速に都市化するためにこれらのアパートを利用した。

 当局はしばしばウプロトネーニエ(濃縮化)と呼ばれるプロセスによって、プロレタリアの家族を故意に富裕者や貴族のアパートに住まわせ、ホスト(元の所有者)には1部屋か2部屋しか与えなかった。こうして多くの家庭が国の主要な都市に移住したが、場所の不足により、彼らは隣人と密に暮らさなければならなかった。風呂と台所が共用であったことから、一週間の掃除当番、盗み聞き、台所でのいざこざなど、新しい流行語が生まれた。

 スターリンが死去し、フルシチョフが政権を握ると、住居改革で各家庭はとても小さな、だがプライベートな空間を確保できるアパートに引っ越すことができるようになり、コムナルカの世界はあまり将来性のあるものでなくなった。少なからぬ人々が、今日若者がなぜわざわざコムナルカを住まいに選ぶのか首をひねるのは、こうした背景があるからだ。

共同生活のモチベーション

モスクワの共同住宅「コムナルカ」のキッチン。

 「誰でもコムナルカに引っ越すことはできる」とトリグリンキを作ったルスラン・ラロフキンさんは話す。「だが、ここで私たちがしようとしていることは、誰にでもできることではない。私たちは単にルームメイトになりたいわけではない。小さな家族になりたいのだ。」

 「空間というのはそこに住む人々に等しい」とラロフキンさんは続ける。「人々は常にある種のエネルギーを伴ってやって来る。この部屋に引っ越してくるなら、良い雰囲気をもたらしてほしい。」

ルスラン・ラロチキン。

 この日曜大工の美学は、風呂場のコラージュから台所の旗、居間などの共用スペースでの日々の出来事まで、アパートの至る所で見ることができる。コンサートやレストランへ行ったり、夜に映画に行ったりというのは日常的だ。食べ物を分け合ったり、リサイクルしたり、おいしいお茶を飲んだりすることが、アパートの同居者たちの結び付きを強めている。

 ほんの数区画離れたところにある別の共同生活空間「クボメトル」も、同じ趣向をいくらか共有している。2013年にオリガ・ポリャコワさんが何人かの友人と始めたクボメトルは、文化・社会プロジェクトに関心のある若者たちの拠点へと姿を変えた。

 ポリャコワさんの持つプラットフォーム「トラヴァ」は、体験教室からテーマ別エクスカーション、反差別空間まで、街をより活気付けるさまざまな草の根活動を提案する場となっている。クボメトルの「ベテラン」たちの多くも、自らプロジェクトを立ち上げるようになってきている。

 現在のメンバー、アーシャ・セニチェワさんとクスーシャ・モロゾワさんは毎月、誰でも登録してどんなテーマについてでも10分間話せる住まいの会議を開いている。参加者は質問とともに酒や果物を持ってくるよう促される。重要なのは、興味深い人たちの話を聞くだけでなく、彼らと楽しく過ごすことだ。

 こうした空間をネオ・ボヘミアンの楽園と受け止める人もいるが、日常生活の現実からは逃げられない。誤解や狭苦しく暮らすことのプレッシャーもパッケージに含まれている。こうした21世紀版コムナルカでの生活は、皆に可能なものではない。多くのアパートには遵守事項があり、最適なルームメイトを見つけるのに時間を要することもある。

成功した世代

 新旧の住人をミックスしたイベントもある。クボメトルは最近創立5周年を迎え、祝賀会では何十年も前からこのアパートに住むナタリア・パトクリさんを招いて彼女の体験を聞いた。

 「私にとっては、アパートがかつてと同じということが重要だ。細部を見ると、私が子供だった頃と全く変わっていないものもある。このアパートが今でもそうした雰囲気を保っていることが嬉しい。私はここに住む人たちが好きで、彼らのしていることが好きだ。すべてのアパートがこのような運命を辿るわけではない」と彼女は話した。

 コムナルカが結局は消え去ってしまうと思うかと訊かれると、彼女は控えめにこう答える。「変化は避けられない。各時代にそれぞれの流れというものがある。コムナルカが消えたとしても、私たちはロマンチックな懐かしさのようなものを心に抱き続けるだろう。」

 

ロシア・ビヨンドのFacebookのページで おもしろいストーリーとビデオをもっと見よう。
もっと読む:

このウェブサイトはクッキーを使用している。詳細は こちらを クリックしてください。

クッキーを受け入れる