コムナルカ: 実現しなかったソ連の公共住宅の理想

共同アパートの内部。多くの共同アパートは、ソ連時代前の19世紀後半から20世紀前半に建てられ、その後リフォームされた事のない古い住居ビルに作られた。

共同アパートの内部。多くの共同アパートは、ソ連時代前の19世紀後半から20世紀前半に建てられ、その後リフォームされた事のない古い住居ビルに作られた。

Max Sher / Anzenberger
古い家は老人と同じで、年と共に目(窓)が弱くなったり、見えなくなったりする。
古い家は老人と同じで、年と共に目(窓)が弱くなったり、見えなくなったりする。それでも古い家は住人の物語を覚え、語り続ける。 サンクトペテルブルクの公共住宅には、豊かな人生の面影が残る。このような住まいをいくつか紹介する。
「コムナルカ計画」は、1917年のボリシェヴィキが考案した夢だった。1917年の革命当時、ボリシェヴィキは労働者の為に新しい住居を作るだけではなく、「新しい労働者」を作ろうとした。共同シャワー、共同トイレや共同の廊下は、スペースを節約する為だけに考案されたものではない。
娘のアリーナさん(右)と朝食を食べるマリーナさん(左)。マリーナさんは不動産屋に勤める。マリーナさんはこの写真が撮影された一ヶ月程前に離婚し、子供二人(もう一人は別居)と共にこの30平米の部屋に引っ越してきた。多くのロシア人は台所で食事をとるが、共同アパートに住む人は、自分の部屋に食事を持って行って食べなければいけない。
研修中の外科医であるドミトリーさん(23)も共同アパートに住む。経済的事情により、独立したアパートを買う事が出来なかったため、彼は母親の援助を受けてこの一部屋を買った。「独身でいるうちは、ここで問題ありません。都心にあるし、シェアしている隣人もいい人たちです」
共同アパートの一室。共同住宅に住む者にとって、狭い部屋は頭痛の種である。
年金生活者のアレクサンドル・ミハイロヴィッチ(77)さん。国防省関連の産業労働者だった彼は、このビルで生まれ、1940年代後半からこの部屋に住み続けている。数年前に妻を亡くし、成人した息子とは別居している。大きな共同アパートを売りたい不動産屋に、この部屋を独立したアパートと交換しないかと提案されたが、新しい生活に馴染めない事を恐れるアレクサンドルさんは断った。
画家と詩人であるアナスタシアさんは共同アパートの一室を所有し、アトリエとして使っている。彼女がコムナルカを気に入っている理由は、ここに住んでいないからかもしれない。
共同アパートで洗濯物を干す。
銭湯で入浴後、くつろぐ男性達。多くの共同アパートにはお湯がないため、住人は銭湯で入浴しなければならない。
通訳のオリガさんは、共同アパートの一室を借りている。トイレを他人と共有しなければならないが、家賃(一ヶ月170ユーロ程)は独立したアパートより遥かに安いため、節約したい人に向いている。
隣人の台所でお茶を飲むカリーナさん。建築学科の学生である彼女は、サンクトペテルブルク中心にあるこの共同アパートで生まれ育った。彼女は共同アパートの親しい近所付き合いが好きで、引っ越したいとは思わない。
共同アパートの台所の内部。通常、各家庭がそれぞれカウンターのスペースや棚のスペースを持つ。共同アパートの台所、トイレ、風呂場や廊下は「共同スペース」とされ、掃除や手入れが行き届いていない場合がある。
看護婦であり、離婚して一人で息子を育てるマリーナさん。共同アパートの日常では、公共料金の支払いなどをめぐって隣人と揉める事も多いと彼女は言う。例えば、隣人の一人はアル中で、アル中仲間と飲み会を頻繁にする。しかし、マリーナさんの限られた収入では引っ越す事は出来ない。