どのようにしてニコリスカヤ通りはW杯サポーターのためのグラウンドゼロになったのか(写真特集)

Sergei Kiselev撮影/Moskva Agency
 モスクワで最も歴史のある通りの一つ、ニコリスカヤ通りはこれまでサッカーとはなんの縁もなかった。それが今、サッカーのサポーターたちがこぞってここに集うようになったことに地元の人々は驚きを隠せない。

 「ニコリスカヤ通りはどこですか?」とモスクワに到着した外国のファンたちがたびたびボランティアに尋ねる。あるいは単にインターネットの画像を見せてここに行きたいと言う。そこには盛大なライトに照らされた横断幕をバックに歌ったり踊ったりする大勢のファンが映っている。そう、そこはワールドカップ観戦のためにモスクワにやってきたすべてのファンたちの集合場所となっているのである。

 モスクワの観光マップの真ん中にあり、赤の広場と元KGB(ソ連国家保安委員会)であるルビャンカをつなぐニコリスカヤ通りは、首都モスクワで活気あるスポットとされたことはなかった。もしもっと賑やかでもっと観光客が多い通りはどこかと尋ねれば、アルバートやトヴェルスカヤと答える人はいても、ニコリスカヤと答える人はいないだろう。

突然現れたファンフェストゾーン

 どのようにしてここがW杯の開催期間中、サッカーのファンゾーンになったのか?説明はきわめて明快。モスクワに到着したファンたちはたいていまず赤の広場に向かおうとして、ニコリスカヤのカフェに落ち着いたからだ。

 W杯の開幕後の数日間、赤の広場は工事と準備作業のため閉鎖されていた。そのためファンたちは広場に行くことができず、ニコリスカヤ通り周辺を歩き回ることになり、数日後にはそこがファンゾーンとなったのである。

 より多くのファンが到着するようになり、ニコリスカヤ通りで歌ったり踊ったりするファンの大群を見た彼らはそこに必ず行くようになった。人が大勢集まるようになるにつれ、そこにはミュージシャンやフェイスペイントアーティストなどがやってくるようになった。そしてお土産からビールまで様々なものを売る人まで現れ、その地区の店やバーでは需要が高まり、その売り上げは1ヶ月も経たないうちに2倍から3倍に増えた。

 市当局のアレクセイ・ネメリュークさんは「サッカーの試合を放送していないお店までもが驚異的な需要を求められるようになった」と語る。毎日夕方になると集うファンたちの需要を満たすために、店は営業時間を延長した。地区のカフェで働くウェイトレスの1人は、ニコリスカヤ通りでは独自のスケジュールが出来上がって行ったと話す。

新たなことが起こる場所

ニコリスカヤ通り、1886年。

 ニコリスカヤ通りでは歴史において多くの事件が起こってきたが、これまでこのような国際的なイベントの主要な場所となったことはなかった。聖ニコライ修道院から名前がとられた(1390)ニコリスカヤ通りはモスクワでもっとも歴史のある通りの一つで、ロシアで「最初の様々なことが起きた」場所でもある。

 ロシアで初めての印刷所、初めて印刷された本(『使徒行伝』)、初めての薬局(ピョートル大帝が開設した)、初めての高等教育機関の創立(ミハイル・ロモノソフの母校であるスラヴ・グリーク・ラテン・アカデミー)、初めてのラジオ放送、初めてのテレビスタジオ、初めてのロシア料理レストラン(スラヴャンスキー・バザール)、そして倒産した初めての銀行、そのすべてがここにあった。

20世紀の初めのニコリスカヤ通り。

 ロシア正教の行進、帝室の侍従たちを目にし、十月革命や赤軍の兵士たちのクレムリン急襲を目撃した。通りは1935年から1990年までここでの出来事を記念して10月25日通りと呼ばれていた。

ニコリスカヤ通りに集まったボリシェヴィキ、1917年。

 歴史を通して、ニコリスカヤ通りは宗教の中心地であり(多くの修道院があることから)、またロシア初の大学があり、科学の中心地でもあったが、20世紀までには大規模なビジネスオフィスや現在グム百貨店があるところに長期にわたって位置していた大きなマーケットを持つ、商いの通りであった。 

ニコリスカヤ通り、1968年。

 数年前までは、自動車の乗り入れが自由出会ったが、2013年になってようやく歩行者専用道路となり、近代的な見かけとなった。

通常に戻るのか?

 現在ニコリスカヤ通りは、赤の広場とクレムリンに近いことから食べ物のケータリング業が繁盛している。モスクワでもこの通りはスペースの賃貸料が最も高額なところである。

 レポート(ロシア語)によれば、この通りの1階で100~300平米のスペースの賃貸料は平米あたり1年で2,408ドル(およそ26万5,000円)する。中規模のお土産屋に適した66平米のスペースを借りるのに、毎月の賃貸料が24,080ドル(およそ265万円)することになる。これだけの高い賃貸料にもかかわらず、この通りのスペースには空きがほとんどない。新たなテナント用に空いているのはわずか5%のスペースだという。

 サッカーの熱気で現地のビジネスが大いに潤っているのは間違いないが、これは一時的なものである。新しく店を開こうとしている人たちもこのことは分かりすぎるほど分かっている。彼らもレストランやショップを新しく開いて、数カ月で大きな利益を出せるとは思っていない。

 JLLと言う街頭小売業社のトップであるユリヤ・ナザロワさんによると、たとえ旅行者が増えて3倍の売り上げに恵まれたとしても、通常小売の商売の元が取れるには1年以上かかる。

 というわけで、良くも悪しくもW杯が終わる7月末までには需要と売り上げは、元のレベルに戻り、ニコリスカヤ通りは「普通の商売」の状況に戻ると見られる

 ロシアのW杯は歴史上最も経費のかかった大会であると言われている。130億ドル(およそ1兆3,000億円)以上のお金をかけてクレムリンは経済的リターンが一体どのくらいあると期待しているのだろうか?それについてはこちらぞどうぞ。 

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