ロシアの農民は、19世紀にロシア初の公衆病院が現れるまで専門的な医療を受けることができなかった。しかしそれ以後も、農民は地元のズナーハリ(「まじない医師」、原義は「物知り」)の治療を受けていた。彼らは薬草やまじない、想像を絶する野蛮な方法を使って治療を行っていたが、詳しくは以下で見ていくことにしよう。農民は病気が悪霊によってもたらされるものだと信じていた。そのため、病気が巣くう「悪霊界」のことを何も知らない医師よりも、ズナーハリが治療に当たるほうが適切だったのだ。
このような世界観を持っていたために、ロシアの農民は以下の馬鹿げた「治療」法を信用していたのである(免責事項:試す場合はご自身の責任で)。
1. 赤レンガ油――骨折に
これは骨折治療に最良の方法と考えられていた。暖炉の裏の乾燥した赤レンガを臼で挽き、フライパンで熱する。粉末が冷めたら野菜油と混ぜ、茹でて布で濾す。これで「妙薬」の完成だ。後は手足の骨折部位にこれを塗り込んだ。
2. 女王バチの干物、生きたカエル、耳垢――咬み傷に
誰かが狂犬病のイヌに咬まれた場合、女王バチを捕らえて殺し、干して粉末にした。その半分を呑み込み、半分は患部に塗り込んだ。毒ヘビに咬まれたら、咬み傷に耳垢(!)を塗り込み、全身を新鮮なタール(!!)で覆わなければならなかった。もう一つの薬が生きたカエル(!!!)で、傷口に押し付けた。
3. 尿と糞便――すべてに
尿は火傷や開放創の治療に使われた。赤ん坊の尿が最も効果抜群と考えられていた。鳥目(夜盲症)に効く目薬としても、脚の水腫に効く塗り薬としても使われた。打撲傷や挫傷が深刻な場合には飲み薬としても使われた。
世界のどの文化でも、糞便を治療薬として使うのは一般的だった。これは、性器の周辺から出てくる排泄物が(人間のものであれ動物のものであれ)常に魔術的な意味を持ったからだとフロイト派精神科医は主張している。
粉末にした人糞は外斜視の治療に使われた。乾燥させたスズメの糞はイボや発疹に効くと信じられていた。ウシやイヌの糞は温湿布に塗って歯痛や歯茎痛を和らげるのに使われた(おえ……)。
肥やし風呂もまた、糞便を使った治療法だった。オリョール市の医師が、農民がこの治療を行う様子を記述している。「大きな樽が燕麦の籾殻、馬糞、塩で満たされ、熱湯が注がれる。頭だけ出して毛布にくるまった患者が中に入る。3~4時間後、患者は温かく着込んで暖炉の上に寝かされ、コショウの利いたウォッカをグラス一杯飲む」。 同じ治療法が病気の子供に適用されることもあった。医師はこう綴っている。「しばしば赤ん坊は肥やしの中で溺れ死んだが、ズナーハリはいつも『悪霊に連れて行かれた』と言うのだった」。
4. 死体のどこか一部――病気を追い払うために
病気が悪霊だという信仰は、非常に忌々しいものによってこうした悪霊を脅かし、追い払うことができると農民が信じることにもつながった。そのようなわけで、最も不潔で汚らわしいものを治療薬として利用したのである。その最たるものが、人や動物の死体だ。
プスコフ州の民族誌学者がウシの死体の一部を自分の治療に使うある農民について記録している。「彼は『肺病』(「チャホートカ」、肺結核のこと)にかかっていた。魔女の助言で彼は最近死んだウシの皮で辛うじて呼吸できない程度に全身を包んだ。魔女は呪文を唱えていた」。なおこの民族誌学者は、この農民が結局治ったかどうかについては言及していない。
農民は墓場の土にも治療効果があると信じていた。熱を下げるためには、「墓土」を誰にも見られることなくこっそり手に入れなければならなかった。土は布の袋に詰めて患者の首から下げた。
5. 「生き火」――熱病や感染症に
スラヴ人は火の治療効果を信じていた。この信仰はキリスト教受容以前から受け継がれてきたものだ。最良の火は「生き火」(または「清ら火」、「聖火」)と呼ばれ、木をこすってしか得られないとスラヴ人は考えていた。
(コレラやチフスなど)集団感染が起これば、農民は村で一種の集団儀式を行った。広場に集まり、2本の大きな乾燥した丸太を運んできて、こすり合わせた(一本は地面に寝かせ、その上から両端に取っ手を付けたもう一本を乗せた)。火を点けるには8~9時間こすり続ける必要があった(複数の農民チームが交替で行った)。その火を分けた蝋燭、棒、木っ端が各自の家に持ち帰られた。熱病の治療に使うためだ。家族全員が「生き火」で点火した焚き火の上を跳び越えた。いくつかの感染症(丹毒など)や炎症性の病気も「生き火」で「治療」された。
6. 雨水――妊娠や失明に(え?!)
最も「治療効果」のある水は、庭の植物の葉から集めた朝露か朝一番の雨の雫だった。ズナーハリによれば、この水で洗えば、妊娠を防げるらしかった。
春の最初の嵐で降った雨の水で顔を洗えば、「あらゆる病気」の一つを治せるということだった。森の露は、失明の治療に効果的だと農民は信じていた。日の出前、それもクパラ祭(夏至)翌日の日の出前に森で露を集めるのが最良だと言われていた。
そして、「聖なる」泉や井戸の水は超常的な性質を持つと信じられていたが、一つ条件があった。井戸に着くまで誰とも話してはならず、問いかけにも答えてはいけなかった。なぜならこれは「気を散らそうとする悪霊が話しかけてきている」からだ。
これらの「処方箋」は荒唐無稽に聞こえるかもしれないが、実際に「効く」ことも多かった。自己暗示(自己催眠)の絶大な威力のおかげだ。現代の臨床試験の多くが、患者はしばしば偽の薬を渡されても治ることが裏付けられている。したがって、おそらく自己催眠が、これらの奇抜な治療薬が「効いた」理由だろう。
それから、ロシアの農民は自然の中で暮らして有機食品のみ食べていた(我々と違って単に選択肢がなかったわけだが)ため、免疫力が高い傾向があった。