「信頼せよ、しかし確かめよ」の由来は?レーガン米大統領か、それともロシアの諺か?

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 HBOの連続ドラマ「チェルノブイリ」をめぐり、「信頼せよ、しかし確かめよ」という諺がロシアでちょっとした話題になっている。これはロシアの諺なのか?それとも、アメリカのレーガン大統領の言葉なのか?…

 ワレリー・レガソフは、チェルノブイリ原子力発電所事故が起きたとき、クルチャトフ原子力研究所第一副所長で、事故処理のために現場に派遣された。HBOの連続ドラマ「チェルノブイリ」の主要登場人物の一人である。その彼が、自分の同僚をソ連の秘密警察「KGB」に逮捕されたとき、KGB議長に対し、「あなたは我々を本当に信用しないのか?」と詰問する場面が、連ドラにある。

 「もちろん、私はあなた方を信用しているさ」と、KGB議長は答える。

 「しかし、あなたは古いロシアの諺を知っているだろう?『信頼せよ、しかし確かめよ』というわけさ。アメリカ人は、これをロナルド・レーガンが考え出したと思っているが…」

 ちょっと待った!この諺を考え付いたのは本当は誰なのか?

ロナルド・レーガンとソ連国民

 この諺はロシア語では次のように韻を踏む。「Doveryai, no proveryai」。その意味は、責任者たるものは、相手が誰でも一緒に仕事を行う前に、常にあらゆることを調べるべきである、たとえそれが完全に信頼できる人間であったとしても――。

 ロシア語では、この諺は、やたらと使われる決まり文句になっており、政治交渉から妻の言い分にいたるまで、あらゆる状況で使用され得る。妻はいつでも好きなときに夫のスマートフォンにアクセスする権利がある。なぜなら、「信頼せよ、しかし確かめよ」(これは基本的に、どちらの場合も当事者間の信頼がさほどではないことを意味する)!

 しかし、いずれにせよ、この諺を考え出したのはレーガンではなかった。米国人も、自分たちの大統領がこのロシアの諺を最初に思い付いたなどと本当に思っているわけではない。

 が、その代わり、この冷戦時代の米大統領は、米国の政治的言説において、「信頼せよ、しかし確かめよ」という言葉を一般に普及させた。ヒラリー・クリントン、バラク・オバマ、上院議員テッド・クルーズ、コリン・パウエルらはすべて、その英語への翻訳を再三使用した。そしてそれをロナルド・レーガンに帰したのだが、ある意味で彼らは正しかった。レーガンは諺を米国の文脈で使った最初の米国人だったから。

 レーガンは、ソ連の指導者ミハイル・ゴルバチョフとの会談に向けて準備していたとき、ロシアの諺を学んだのだった。レーガンの、ロシア問題に関する顧問、スザンヌ・マッシーは、ソ連の指導者を楽しませるために、ロシアの諺をいくつか学んではどうかと提案した。結局、レーガンがいちばん気に入ったのは、「信頼せよ、しかし確かめよ」だった。

 ところが、アネクドート(小話)によると、レーガンはこの選りすぐりの諺を使いすぎて、ゴルバチョフをうんざりさせたという。

諺の由来は

 この諺は既に長い間存在してきたが、ロシア人には、その起源を特定することが難しい。1879年に有名な民俗学者・辞書編纂者ウラジーミル・ダーリによってまとめられロシア語辞典は、ロシアの諺に関しては究極のガイドだが、この諺は含まれていない。ということは、「信頼せよ、しかし確かめよ」は、19世紀末から20世紀初めにかけて「ポップアップ」したに違いない。

 ソ連の建国者ウラジーミル・レーニンは、1914年の演説の中で、これに類することを(あまりエレガントにではないが)言っている。「連中の言葉を鵜呑みにするな。厳しく検証することだ。これがマルクス主義者のスローガンである!」

 後に独裁者ヨシフ・スターリンも、レーニンの考えを繰り返している。「健全なる不信は、共同作業のための良い基盤だ」

 ソ連映画『大いなる生活』(1939年)には、この諺が一字一句違わずに出てくるが、これが、レーガンお気に入りの決まり文句のオリジナルかどうかは定かでない。

 言い換えれば、諺の「確かめよ」の部分は続行されるのである…。

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