ニコライ2世の治世は始めも終わりも悲惨だった(戴冠式の後で、「ホドゥインカの悲劇」が起きている。祝賀式で配られる記念品めあてに詰めかけた群衆が将棋倒しになり、数千人の死傷者を出した――編集部注)。しかし、この時代が退屈であったとは誰も言わないだろう。サンクトペテルブルクの展示場に、皇室付きの写真家とロマノフ家自身が撮影した、20世紀初めのとても珍しく興味深いアーカイブ写真が集められた。そのうちのいく枚かは、請け合ってもいいが、あなたはまだご覧になったことがないだろう。
1.皇太子アレクセイ(ニコライ2世夫妻の息子)、1911年。
2.大公女オリガ、タチアナ、マリア、アナスタシア(ニコライ2世夫妻の娘たち)。離宮ツァールスコエ・セローにて、1903年。
3. ニコライ2世と大公たちが、聖人「サロフのセラフィム」の聖骸を運ぶ。1903年7月17~20日。
4. 皇太子ニコライ・アレクサンドロヴィチと婚約者ヘッセン大公女ヴィクトリア・アリックス(未来のニコライ2世夫妻)、1894年4月20日。
5.皇后マリア・フョードロヴナ(ニコライ2世の母)と子供たち、サンクトペテルブルク、1890年初め。
6. 皇帝一家とその一行がヨット「シュタンダルト号」の甲板からセーリングレースを見る。フィンランドの岩礁にて、1907年。
7.皇帝用のカッター「ペテルゴフ」上のニコライ2世と家族。皇帝は海軍大臣イワン・グリゴローヴィチの報告を聞いている。1914年。
8.ニコライ2世と妻アレクサンドラ・フョードロヴナ。モスクワの大クレムリン宮殿の屋上にて。 1903年。
9.ゲーム「キツネとガチョウ」に興じる。フィンランドの岩礁にて。1911年。
10.綱引きをして遊ぶ。フィンランドの岩礁にて。1911年 / ロシア国立映像写真アーカイブ。
11.勉強中のニコライ2世、1900年。
12.モスクワ守備隊の軍事パレード。モスクワ、1903年。
13.屋外での休息。フィンランドの岩礁にて。1911年。
14.ニコライ2世、1900年代。
*ロマノフ家の珍しい写真をさらにたくさん、サンクトペテルブルクのロスフォト展示センターで見ることができる。写真は9月半ばまで展示される。