50年前のモスクワの風景

歴史
ロシア・ビヨンド
 モスクワの写真家レオニード・ラザレフはフルシチョフの「雪解け」時代の街の様子を驚くほど鮮明に、その息遣いまでも映し出している。

 伝説の写真家、巨匠レオニード・ラザレフは、ユーリイ・ガガーリンやニキータ・フルシチョフを撮影していたが、本来はもっぱら普通のソビエトの人々を撮影していた。この偉大な写真家の80歳を記念した「2度生きる」写真展が、モスクワのクラッシックフォトギャラリーで8月26日まで開かれる。

 

 一人の少年がケーキ屋のそばの路上で水撒き車の前を走り抜けている。

 第6回の祭典は史上最大の規模であり、131カ国から34,000人が参加した。しかもモスクワはこの祭典が開かれた最北の都市になった。

 デートに間に合わなかったのか?それともただ花を失くしたのか。

 冬の間、モスクワの公園でスキーをする以上に楽しいことはあるだろうか?

 エレガントな車、ボルガは多くのソ連時代の人々のあこがれであった。ゴーリキー市(現在のニジニ・ノヴゴロド市)で生産されたこの車であるが、今でも街で見かけることがある

 モスクワに最初のトロリーバスが走ったのは1930年のことである。それは木の枠に金属のカバーがされていた。そして現在の標準的な速度に比べると遅い時速50キロという遅い最高速度しか出なかった。それから、多くのトロリーバスが設計されたが、中でも、世界でもっとも多く作られたのが、珍しい二階建てバスと最初のトロリーバス列車であった

 ソ連の子供達は、マンションの建物の間のスペースで何をしていたのか?遊んだり、おしゃべりしたり、喧嘩もした。 

 5月1日のメーデーには世界の労働者の連結と春を迎える大きな喜びを祝った。1932年から1990年の間、モスクワのメインストリートであるトヴェルスカヤ通りはロシアの作家マキシム・ゴーリキーの名を冠していた。

 1870年に建設されたベラルースキー駅は、ロシアの西部国境線に向かう列車の始発駅である。

 モスクワのありふれた日

 1960年代に宇宙征服記念碑が公開された。いまでも全ロシア博覧センターで見られる。

 モスクワの日差しを楽しんでいる。

 1800年代に創設された騎馬衛兵は通常はモスクワの河岸や公園の警備にあたっていた。

 50年前のモスクワは今ほど大きくなかった。そのころにちょうど、モスクワ市中心部の外側に多層階の住居地区が現れ、夜の景色が驚くほど美しくなった。