ロシアでは、小学校から中学あるいは高校を卒業するまで(9年間あるいは11年間)、ロシア語を学ぶにもかかわらず、誰もが間違わずに話したり書いたりできるわけではない。そういう微妙な「躓きの石」に苛立つロシア人もいる!
外国人ならば、さまざまな語尾、格変化、文字「ы」の発音などに混乱することがよくある。
あるいは、多数の子音が連続する、いろんな長たらしい単語もそうだ。
しかし、ロシア人は、Spasoglinishchevsky (“Спасоглинищевский”) 横丁だの、 Krzhizhanovskogo (“Kржижановского”) 通りだのに出くわしても、別に何ということもない。
だが、ネイティブにだって、厄介な点が別にあるのだ。
コンテキストによって異なる接尾辞の文字数
ロシア語の文法で最も難しい点の1つは、形容詞と分詞の接尾辞に “n”(н)があることだ。これが1つのときと2つのときがあるのだが、綴りを覚えれば済む場合もあれば、文脈を見て判断しなければならない場合もある。
たとえば、「フライドポテト」は、 “жареная картошка” (“zharenaya kartoshka”)とロシア語で言う。あるいは、「フライドポテトとキノコ」なら、 “жареная картошка с грибами” (“zharenaya kartoshka s gribami”) となり、いずれも “n” は1つだ。
ところが、“жаренная с грибами картошка” (“zharennaya s gribami kartoshka”)と、“n”を2つ書く場合もある。
あなたは同じフレーズだと思うだろうか?いや、違う!悪魔がディテールに潜んでいるのだ。最初のフレーズでは、ジャガイモが先に揚げられたことを意味している("zharenaya" は、動詞から派生した形容詞だ)。その後でキノコが添えられたのである。
ところが、2つ目のケースでは、ジャガイモがキノコと一緒に揚げられたことを意味する(ここでの「揚げられた」“zharennaya” は過去分詞だ)。
「私にとって、これはロシア語で最も難しいこと。私は、綴りを視覚的に覚えているだけなので、この場合、どちらにするか迷ってしまう」。モスクワの写真編集者、ダリア・ソコロワさんは言う。
「それは、私にとっては学校の地獄だった」と、eラーニング分野で働くサンクトペテルブルクのワレンチナ・パホモワさんも言う。
さらに当然と言えば当然だが、これらすべてに追加の細則、要するに例外がある。たとえば、“ветреный”(vetreniy)は、「風が強い」を意味し、“n” は常に1つだが、「bez」(~なし)を追加すると、2つになる。つまり、“безветренный”となって、「無風の」を意味する。
コンマはどこに打つ?
「私にとって、つまりオンライン・メッセンジャーのコミュニケーションの時代に生きるネイティブにとっては、いちばん難しいのは句読点ね」。モスクワの言語学者、タマーラ・グリゴーリエワさんは語る。
「全体として、文章の書き方の規則にちゃんと従っていない今の状況では、句読点と大文字の使い方がすごくいい加減になっている」
ロシア語では、コンマを使用する場合と使用しない場合について、多くの規則があり、「区切る」必要のある単語を覚えておくだけでは不十分だ。コンテキストも重要になる。
たとえば、 “как” という単語を例にとろう。発音は “kak” で、意味は “like” (~のように)だ。
“она прекрасна, как майская роза” (“one prekrasna, kak mayskaya roza”) (彼女は5月の薔薇のように美しい)では、コンマは必要だ。
ところが、“у нее волосы вьются как у ее матери” (“u neye volosy vyutsya kak u eyo materi”)(彼女の髪は、母のそれのように波打っていた)では、コンマは不要だ。
これはほんの一例にすぎない。ロシア語にはこんなケースがどれほどたくさんあるか想像できるだろうか?
コンマに加えて、より複雑な句読点もある。セミコロン、ダッシュ、括弧などをいつどのように使うかご存じだろうか?
さらにまた、こうした一般的な句読点に加えて、いわゆる「その作者独自の句読点」もある。そして、一部のロシアの作家は、複数の部分、フレーズからなる長い文章を書くのが大好きだ。
「句読点は、とくに、その作者、作家の独自の句読法である場合、非常に難しくなる」。ワレンチナさんはこう指摘する。「たとえば、レフ・トルストイその他、『幅広い』考え方の好きな作家を見てほしい」
もちろん、オンラインのコミュニケーションでは、ロシア人はふつう、正式なあるいは完全に正しい言葉を使うわけではなく、句読点を省いたり、感情を表すために括弧を追加したりする。
まぎらわしいアクセント
「ロシア語で最も難しいのはアクセントかな」と、モスクワの経済学者スヴェトラーナ・コタンスさんは言う。「私たちは、そうするのが便利だからといって、多くの単語でアクセントをあちこちに移動させるけど、これは間違っている」
いちばん典型的な例は、“красивее” (“krasivee”)(より美しい)だろう。元の “красивый” (美しい)は、“и” にアクセントがあるから、 “красИвее” が正しい。ところが、多くのロシア人は、“красивЕе” と言う。そのほうが響きがいいし、何となくロシア的に聞こえるから、というのが理由だ。
一般にロシア語では、アクセントは、単にどの音節に置かれるかという問題ではない。単語の意味そのものを変える可能性がある。
たとえば、 “зАмок” (“zAmok”) は「城」を意味するが、 “замОк” は「鍵」だ。“ЖаркОе” (“zharkOe”) は「シチュー」だが、 “жАркое” は「暑い」。 “МукА” (“mukA”) は、小麦粉などの「粉」だが、 “мУка” は「苦しみ」である。
今やルールを変えるべき?!
さらに、ネイティブは、動詞の活用にもしばしば躓く(「(君は)行く」は、“едЕшь” か “едИшь” か。「(君は)見る」は、“видИшь” か “видЕшь” か、などで迷うのだ)
ある言葉を続けて書くか、空白を挟むかも問題だ(“также” か “так же” か。 “заодно” か “за одно”か、など)。
語根にアクセントがなく、発音が同じ場合には、綴りを間違えやすい(「感じが良い、好感が持てる」は“симпАтичный” か “симпОтичный” か)。
かてて加えて、ルール自体がしばしば変化するのだ。
ロシア語も、他の言語と同様に、絶えず変化し、新しい単語や新しい規則で豊かになっていく。 ロシア語をよく知っていても、たとえば、18世紀に書かれた物語は、言葉や文字が違うので、ほとんど理解できない。
20世紀半ばには、ロシア人は「着く、到着する」を、現代のように、“прийти” (“priyti”)ではなく、“придти” (“pridti”) と書いていた。また、「ダイエット」は、今は “диета” ("diet") だが、かつては “диэта” と書いた。
あと、よく混乱するのは、「コーヒー」という名詞が男性か中性かという問題だ。
「ロシア語のネイティブにとって、この言語は、コミュニケーションに使用される限りでは、問題は起こらないだろう」。言語学者でロシア・ビヨンドのライターでもあるナタリア・キキロさんは言う。彼女は、外国人にロシア語を教えている。
「ロシア人と外国人が同じミスをしたとしても(たとえば、コーヒーの性の区別)、その原因はまったく異なるところにある。ネイティブにとって、彼らの用いるロシア語は、むしろ彼らの教育、活動分野、バックグラウンド等を示すだろう」
現在、言語学者らは、ロシア語で「blogger」や「instagrammer」などの新しい単語を書くための一般的なルールを確立しようとしている。文字変換にはさまざまなオプションがあり得るからだが、しかし、新しい単語は加速度的に現れてくる!
「私は最近、‘merch’ とは何かを知った(merchandise の省略形で、『関連商品・関連グッズ』などを意味する)。また、私は若者が使う‘crush’ を、グーグルで検索しなければならなかった(もともとは「押しつぶす」だが、「好きな人」の意味でも使われる)」。こうタマーラさんは言う。
「10歳くらいの子供はだいたい、ある種のTikTok語を話す。『トレンド』は新しい言葉だが、それさえすでに意味が変わってきている。今では、これは『傾向』ではなく、『流行』『人気』の意味だ。ソーシャルネットワークから生まれて、多くの人が家でのべつ繰り返し、カメラの前で踊っている。ロシア語でこういうのをいちいち追いかけるのは難しい」