日本語に訳せないロシア語 Vol. 2:外国語に正確な同義語がない言葉

ロシア語
ダリア・アミノワ
 独特の背景とニュアンスがあって、外国語に訳しにくい言葉が、どの言語にもあるだろう。ロシア語もまた例外ではない。
 ロシア・ビヨンドはすでに、「Avos’」、「Bespredel」などいくつかの翻訳しにくいロシア語を特集している

 この記事は大きな反響があり、読者から、彼らがロシア語特有と考える語彙が寄せられた。それらについて見てみよう。

1/ 「ソーヴェスチ」(Soviest’)

 この言葉は、古東スラヴ語に由来し、ギリシア語の 「syneidesis」(良心、義務感)をコピーしている。しかし、ロシアの「ソーヴェスチ」は、意味がはるかに広い。社会だけでなく、神と自分自身を前にしての意識、感情であり、善と悪の深い個人的な解釈と責任感を示している。

 ロシア人は「ソーヴェスチ」を生き生きとした概念というか、生き物のように感じており、何か悪いことをしたときには、「ソーヴェスチが自分を苦しめる」(良心の呵責を感じる)といった言い方をする。また、「ソーヴェスチのためになされた」という言い方もある。つまり、良心にかけてよいこと(仕事など)をしたという意味だ。

2/ 「ザポーイ」(Zapoy)

 ロシア人は大酒飲みである、という先入観は広く根を張っている。そのことの当否はひとまず置くとして、飲酒に関連した言葉がロシア語にたくさんあるのは確かだ。

 たとえば、「ザポーイ」という単語は、外国語にはそのまま訳せる同義語はないだろう。それは単に長く続く泥酔状態、酒乱ではなく、ときには1週間以上も延々と、ぶり返しながら続くのだ。一部の歴史家の意見によると、帝政時代、ロシアの商人は「魂の病気」を治癒するために、こういう「休息」を公式に「処方」されていたという。もちろん今日では、「ザポーイ」が時々必要な「再起動」であるなどと信じるロシア人はあまりいない。

 ところで、転義で、「ザポーイで…をする」という表現もある(例えば、ザポーイで読む)。これは、何かを中断せずに、完全に没頭して行うことを意味する。

3/ 「ポログラム」(Pogrom)

 ポログラムという言葉には、「暴動」、「虐殺」、「迫害」などの複数の意味がある。しかし多くの場合は、人種や宗教を理由として、大きな集団に対して行われる組織的な迫害や虐殺という意味だ。しかもその際、それらの行為が、その地の当局によって是認あるいは黙認されているという含意がある。

 『ブリタニカ百科事典』によると、この言葉は、通常、19世紀後半から20世紀初頭にかけての、ロシア帝国においてユダヤ人に行使された暴力を指して使われる。ただし、ポグロムの具体的特徴は、事件によって、またその時期(あるいはそのいちばん激しい時期)によってかなり違う。

 その後、この用語は、英語では、ロシア以外での大量虐殺、迫害を表す言葉としても使われるようになった(例えば、「水晶の夜」などにも使用される。これは、1938年にナチス・ドイツの各地で起きたユダヤ人迫害、虐殺だ)。

4/ 「バーバ」(Baba)

 もともと、この言葉は、特別な意味を持っていた。「老婆」、「魔女」(例えば、バーバ・ヤガー)などだ。言語学者のなかには、「BA BA」という音の組み合わせは、幼児が母親以外の家庭内の女性に反応する音にもとづくと考える者もいる。

 別の説によると、この言葉は、かの有名なバーブシュカ(おばあさん)が変化したものだという。もっとも18世紀には、この語には別の意味があり、平凡で教育のない農婦を指していた。しかしながらこれは実は、並々の女性ではない。

 ロシアの「バーバ」を具現化したものとして、19世紀の詩人ニコライ・ネクラーソフの詩『ロシアは誰に住みよいか』に描かれた女性像が、よく知られている。これは、疾走する馬を止め、燃え盛る家にも飛び込める女性なのだ。

 しかし今日のロシアでは、この言葉は、女性に不快感を与えるだろう。

5/ Muzhik 「ムジーク」

 これはもともと、「バーバ」と対になる言葉で、既婚の男性の農奴、農民を指していた。ところが、1917年のロシア革命の後で、ムジークの“ステータス”は上がった。つまり、ブルジョワの対義語であるというわけで、ムジークたちは誇りに思うようになった。

 その結果、「真のムジーク」が「真の男」のような意味合いでロシア語に入り、今日までよく使われている。

 では、「真のムジーク」とはどういう人間か?彼は、単に強健であるだけでなく、忍耐強く、節度があり、いつでもどこでも「smekalka」(次の項目を参照)を駆使することができる。要するに、機転が利いて、臨機応変の能力がある。
 とはいえ、「ムジーク」の語義には、いまだに両義的なところがあって、無教養で、粗野な男を意味する場合もある。このケースは、日本語の「オッサン」に近いかもしれない。

6/ Smekalka(「スメカルカ」

 「スメカルカ」は、いわゆる「神秘的なロシア精神」の一つの典型的特徴かもしれない。それは、単に機転が利き、独創的で創造的であるだけでなく、想像力豊かな方法で問題を迅速かつ容易に解決するスキルを指す。

 ロシア民話では、肯定的なキャラクターは、いつも「スメカルカ」をたくさんもっている。そのおかげで彼らは、困難を克服し、悪人に打ち勝つことができる。

 「スメカルカ」のおかげで、ロシアの名将たちは奇跡的に見事な勝利をおさめることができた。例えば、アレクサンドル・スヴォーロフは、アルプス山中で壊れた橋を渡らなければならなかったとき、兵士たちのスカーフで丸太をつなぎ合わせ、橋を固定することができた!

7/ Brodyaga(「ブロジャーガ」)

 この言葉は、一応「浮浪者、ホームレス」と訳すことができる。しかし、「ブロジャーガ」は、一般的な意味でのホームレスではない。彼は、いろんな場所に移り住むのが好きで、一種のダウンシフターなのだ。

 ロシア人は「ブロジャーガ」について、彼は転石のようなもので、今日はここにいたかと思うと、明日はどこかへ行ってしまう、と言う。

8/ Dukh (「ドゥーフ」)

 これは、ロシアの文学と文化のひとつのかなめをなす哲学的な概念だ。宗教的信条によれば、「ドゥーフ」は、「dusha(魂)」に近く、不滅の非物質的な、大本の核心のようなものを指す。

 ある個人の精神的な強さを意味することもある。例えば、「ドゥーフの強さ」は、その人の精神的強さ、精神力を意味する。「自由のドゥーフ」(自由の精神)というような使い方もあり、これらの場合は、一応「精神」と訳せるだろう。

9/ Khalyava (「ハリャーヴァ」)

 この言葉は、 「na khalyavu」(ただで、無料で)という形でよく使われる。これは、何かをまったくただで、無料で、何の努力もせずに、手に入れることを意味する。

 「ハリャーヴァ」はあるていど英語の「freebie」 に似ているが、翻訳不可能な観念で、これを理解すれば、ロシア人の「集合的無意識」を理解するのに役立つかもしれない。例えば、ロシア人はこんなことを言う。「酢も、ただで手に入れたなら、甘く感じる」と。

 だから、「ハリャーヴァ」は、典型的なアメリカン・ドリーム――頑張れば成功する――の対極にある。ロシア的幸福には、単なる幸運や金持ちの親戚のおかげで棚ぼた式に転がり込んだ財産なども含まれるのだ(例えば、いきなり金持ちの親戚が現れ、すぐに死んで、財産を残してくれるとか)。

 試験の前日、ちゃんと勉強してこなかった学生は、彼を助けてくれるはずの「ハリャーヴァ」を呼び込もうとする。そして、教科書を開いて、寮の窓から「ハリャーヴァよ、来たれ!」と叫ぶのだ。

10/ Zapadlo (「ザパドロー」)

 この言葉は、刑務所のスラングに由来するが、今日では、多くのロシア人が使っているのを耳にする。「ザパドロー」は、悪い奴、卑劣な人間を意味する「パードラ(padla)」から派生した。

 ロシア人が「ザパドロー」と言うときは、こんな嫌な、悪い奴のようにはなりたくない、という気持ちを含む。「Mne zapadlo」(私にとってはザパドローだ)と言う場合は、そんな行動は、屈辱的で自分の尊厳に関わるから、したくないということを意味する。

 いずれにせよ、この単語には、かなり激しいネガティブなサブテキストがあることを覚えておこう。普通の会話でまともな人を相手にして使うべきではない。単に「nikak ne mogu、izvinite」(それはどうしてもできません、ごめんなさい)と言ったほうがいいだろう。

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