ロシアとウクライナには共通の料理がたくさんあるが、ロシアとウクライナは関係の深い隣国であり、また3世紀半にわたって一つの国を構成していたことを考えれば、これは驚くべきことではない。
ソ連時代、民族の友好は国家のイデオロギーを形作るものの一つであったが、食べ物もその一つであった。つまり、地域の料理がソ連の料理というものを形作っていたのである。そこには、ウズベクのプロフ、カフカスのシャシリク、シベリアのペリメニ、古いスラヴの一皿目の料理、ボルシチなどすべてを含んだものであった。
実際、「ボルシチ」は東スラヴの家庭で、かなり昔から作られていた(ロシアの年代記には16世紀から引用されている)。似たような名前の料理は、ロシアやウクライナだけでなく、ベラルーシ、ポーランド、ルーマニア、モルドヴァにもあった。それぞれの民族にそれぞれのボルシチがある。ソ連の主要なレシピ集(初版は1935年)、「おいしくて健康的な食べ物の本」にも、ボルシチのレシピには数ページが割かれ、そこではかなり異なるボルシチが紹介されていた。
「食事をする農民の家族」、フョードル・ソルンツェフ作、1824年
トレチャコフ美術館現在、ボルシチといえば、ビーツとキャベツでできた赤いスープをイメージするが、元々は巨大なディル(現在ある同種のソスノフスキー・ハナウドは、夏には毒性のある雑草の1種となるが、かつては十分食べることができるものであった)に似た食用のハナウドでできたスープのことを指した。葉を発酵させ、それをスープに加えたのである。
のちに現れたのがビーツの汁を使ったボルシチである。水で薄め、そこにキャベツ、ニンジンを加え、竃で煮たのである。牛肉のブイヨンを使って作るようになったのはさらにその後で、しかも農民たちが祝日だけでなく、普通の日にも食べることができるよう、お腹を満たしてくれる脂身やニンニクが加えられるようになった。
料理史研究家のパーヴェル・シュトキン氏は、「ビーツのボルシチの最初のレシピは、1795年の“台所辞典“に登場します」と指摘する。「その中には、牛肉の塊、大量のハム、鶏肉を水で煮る・・・とボルシチの材料が書かれています」。
料理家のオリガ・シュトキナ氏は、このスープのレシピには地域によってそれぞれ一般的で安価な材料が使われていたと述べ、ボルシチというのはそれぞれの民族の中でそれぞれに解釈されていたと指摘する。
ロシア南部とウクライナでは新鮮で多彩な野菜を手に入れることができたが、北方の人々は、冬に備えて、野菜を発酵させたとシュトキナ氏は言う。そこで、スラヴの民族には、地域的な特徴だけでなく、天候によっても異なるきわめて多くのレシピがある。夏に飲むビーツのベジタリアンスープは「ホロドニク」、あるいは「スヴェコーリニク」と呼ばれる。これもボルシチの1種である。
ルーマニアとモルドヴァのボルシチ
Red Zenith (CC BY-SA 3.0)ポーランドでは、「白いボルシチ」と呼ばれる料理がある。ライ麦粉を発酵させたものをベースにしたもので、ビーツは入れず、ゆで卵とソーセージを入れて作る。キノコや魚を入れるバージョンもある。ルーマニアのボルシチはクワスが入った酸味のある野菜スープ。ロシア南部では、驚くべき「タガンログ」ボルシチと呼ばれるものがある。ビーツではなく、トマトを入れて作る(ロシア料理ではトマトは珍しいものだったが、港町のタガンログでは簡単に手に入るものであった)。ブイヨンは水牛の尾か鶏肉(ときに豚肉)をベースにしたものであった。豆やジャガイモを入れるボルシチもある。
ポーランド の「白いボルシチ」
Legion Media現代のロシア、ウクライナ、ベラルーシでもっとも一般的なのは温かい、赤いボルシチ。サワークリームとパンと一緒に食する。しかし、決まったレシピは国内はもとより、地域の中にも存在しない。
ロシア人(旧ソ連の人々)の会話に出てくる「ボルシチ」という言葉は、「手元にあるものをすべてミックスしたもの」という意味がある。
ボルシチの作り方については、激しい論争が繰り広げられている。どんなレシピにも必ず、「これは全然違う!」、「このレシピは使わない方がいい」、「こんなの本物のボルシチじゃない!」、「わたしのボルシチはみんなお代わりするほどだけど、これはただのビーツスープ」などのコメントが寄せられる。
まず、最初の違いはブイヨン。ロシアのボルシチは、牛骨のスープをベースに作るが、ウクライナのボルシチは豚のスペアリブをベースに作る。ただしこれは絶対ではない。チキンブイヨンで作ることもあれば、水で作ることもできる。またスヴェコーリニクは、ケフィールがベースとなっている。
2つめの違いはキャベツ。料理家の中には、ロシアのボルシチはキャベツを柔らかくするため、最初にザワークラウトを入れる。一方、ウクライナのボルシチは生のキャベツを出来上がる直前に入れ、シャキシャキ感を残す。しかし、キャベツは入れないで、豆を入れるべきだと主張する人もいる。一方、ベラルーシではボルシチの具といえば、ジャガイモがメインである。
3つめの違いはビーツの種類。ボルシチに使うビーツは、ビネグレットサラダに入れるものを使ってはならない。必要な色が出ないからである。
そして大きな違いは具。現代の世界の料理家はニンジン、タマネギ、ビーツ、トマトペーストを炒めて加えることが多い。これらはボルシチをジューシーで色あざやかにしてくれる。しかし、同時に伝統的なボルシチづくりの達人たちは、昔はトマトなどなかったのだから、トマトは絶対に入れてはいけないと言う。また酢、レモン、砂糖(スープに直接!)を加えると言う人もいる。皮つきのタマネギでスープを取ると言う人も入れば、肉の他にポーク・スクラッチングを入れると言う人もいる。
しかし面白いのは、国によってボルシチの出し方が異なっていることである。ロシアのボルシチには黒パン(ライ麦パン)を添えるが、ウクライナのボルシチにはニンニクを染み込ませたパンプーシカと呼ばれる丸パンが添えられる。ベラルーシのボルシチはハーブと半分に切ったゆで卵が添えられていることもある。しかしこれもすべて、それぞれが完全にその通りというわけでもない。
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