当世ロシア政治用語事情

プーティング=プーチン+ミーティング =ニヤズ・カリム

プーティング=プーチン+ミーティング =ニヤズ・カリム

二年前の2011年12月、モスクワで、抗議の集会が行われた。その集会は、抗議運動の起点となり、そのおかげで、当世のロシアの政治用語は、ぐっと豊富になった。

 野党運動のシンボルとなったのは、集会の参加者たちが身につけていた白いリボン(ベーラヤ・レーントチカ)で、ほどなく「ベロレーントチニキ(白リボンの人たち)」という言葉がよく使われるようになった。2012年には、いくつかの象徴的な示威行動が起こり、たとえば、「白い環(ベーロエ・コリツォー)」という示威行動では、白いリボンを身につけた人々が、モスクワ中心部を円で囲む環状幹線道路「サドーヴォエ・コリツォー(サドーヴォエ環状道路)」(全長15キロメートル以上)の全周に並んだ。白い色は、雪と冬および野党勢力が政権に求めていた公正さと誠実さを連想させた。

 オレンジ色も、抗議運動と結びついている。というのも、その少し前にウクライナで親欧米の「オレンジ運動」が起こり、ロシアの親欧米の野党勢力も「オレンジスト」と呼ばれるようになったので。

 

スラングの二項対立 

 最初の集会は、モスクワの真ん中のボロートナヤ広場で行われた。「ボロートナヤ」という言葉は、新たな意味を帯びて普通名詞となり、「ボロートナヤ運動」という語結合が生じた。しかし、まもなく、この言葉には「対義語」が現われた。前者に対抗してポクローンナヤ丘というモスクワの別の場所で政権を支持するオータナティヴな集会が行われ、「ボロートナヤ・ポクローンナヤ」という二極のいわば意味論的対置が見られた。

 「ボロートナヤ運動」の主な参加者は、知性的で創造的な人々であり彼らの総称として「クレアティーヴヌイ・クラース(クリエーティヴ・クラス)」という語結合が使用されるようになったが、「ベロレーントチニキ」の反対者たちは、彼らがみんな規制された集会で単に下っ端の役を演じているに過ぎない点を強調して、彼らをやや侮蔑的に「ホミャチキー(ハムスターたち)」と呼ぶようになった。これに対して、「ポクローンナヤ」の参加者たちは、彼らが缶詰のアンチョビーのようにぎゅうぎゅう詰めのバスに揺られて国営企業から集会へ強制的に動員されたとして、「アンチョーウスィ(アンチョビーたち)」と呼ばれるようになった。

 

プーティング=プーチン+ミーティング 

 プーチン大統領を支持する集会は、ほどなく、語呂合わせで「プーティング」(プーチン+ミーティング)と呼ばれるようになった。2013年には、同様に政治家あるいは議員の苗字に「~イング」をつけて形成される別の言葉が現われるようになった。たとえば、エレーナ・ミズーリナ議員が非伝統的性的関係の宣伝禁止に関する議案を提出した後、その発議に関連したものはすべて、「ミズーリング」と称されるようになった。

 一年ほど前、「クレアティーヴヌイ・クラース(クリエーティヴ・クラス)」という語結合は、ややアイロニカルな響きをもった「クレアークル」という言葉に縮められた。二つの言葉を語呂合わせで一つにするという語形成のモデルは、ちょくちょく用いられるようになり、2008年にウラジーミル・プーチン氏に替わってドミトリー・メドベージェフ氏が大統領に就任してプーチン氏が首相になったとき、この両政治家は「ペア」で活動していて一種のタンデムを成していることが明らかとなり、その結果、「タンデモクラーチヤ〔タンデモクラシー〕(タンデム+デモクラーチヤ〔デモクラシー〕)」なる言葉が生まれた。

 

「ワード・オヴ・ザ・イヤー」は 

 また、2013年初めには、有名なフランスの俳優ジェラール・ドパルデュー(課税回避地を探していた)がロシア国籍を取得した際には、語呂合わせで「ドパルディーロヴァチ」(ドパルデュー+デポルチーロヴァチ〔国外に追放する〕)という動詞がお目見えした。

 現代のロシアにとっては、汚職とくに高位の役人の間の汚職が、依然として喫緊の問題となっている。大型の国家プロジェクトに割り当てられる予算は、しばしば、非効率的に運用されて、役人と癒着した会社へ流れている。あれこれのプロジェクトの予算が自分たちの利益のために「ラスピーリヴァエッツァ(切り分けられる)」そうしたスキームの実現は、「ラスピール(切り分け)」と呼ばれるようになった。

 「ボロートナヤ運動」のリーダーであるアレクセイ・ナヴァリヌイ氏は、汚職者を摘発する活動によって一躍有名になり、しかも、同氏が活動の舞台としているインターネットのサイトは、語呂合わせで「ロスピール」(ロシア+ラスピール)と呼ばれ、2011年の「ワード・オヴ・ザ・イヤー」に輝いた。

 

トイレに転落したデモクラート 

 ここ四半世紀のロシアの社会的政治的な変動とともに、政治に関連した多くの言葉が、意味を変えたり権威を失墜したりした。たとえば、1991年に共産主義者たちに取って代わった「デモクラート(民主主義者)」たちは、1990年代に、深刻な社会の階層分化をもたらすことになる改革、つまり、本質において反民主的な改革を行った。その結果、「デモクラート」という言葉は、逆説的ながら、多くの国民に否定的な連想を抱かせており、「デリモクラート」(デモならぬデリモー〔糞〕+クラート)というかなり尾籠な言葉まで流布している。

 一方、国際主義がその理論的支柱の一つである共産主義者は、現在のロシアにおいては、むしろ国家主義者および保守主義者であって革命家ではまったくない。言葉のうえでは、彼らは、旧いロシアを滅ぼしたレーニンの思想への忠誠を保持してはいるものの。旧い言葉は意味を変え、新しい言葉が現われる。今日の政治用語は、(国そのものと同様に)不断の運動と発展のうちに在る。