ロシアの新作映画『巨匠とマルガリータ』をお薦めする5つの理由

Mikhail Lokshin, 2023/AMEDIA
ミハイル・ブルガーコフ原作の新作映画は公開後の最初の週で、早くも興行成績でトップに躍り出た。

 スターリン時代のモスクワを舞台に悪魔が躍動する物語は、まずは出版に至るまでが苦難続きで、その後は映像化も困難が伴った。「呪われた本」の映画化にはバズ・ラーマンやエレン・クリモフ(『炎628』の監督)が取り組もうとした。しかし多くのプロジェクトは実現を見ず、制作された3本の映画と2本のドラマシリーズは、いずれも成功したとは言い難い。

 この冬、ロシアで公開された第6の映像化作品は、評論家や観客の一致した反応を考慮するに、間違いなく成功作と位置付けて良い。本作をお薦めする5つの理由をご説明しよう。

1. 『巨匠とマルガリータ』は不幸をもたらす作品なのか。事実、作品の映像化は困難を伴った 

 呪われた『巨匠とマルガリータ』、というのは、マスコミの好む話題だ。本作を映画化すると各種の不幸に見舞われる、という類の話である。例えば、ヴラジーミル・ボルトコ監督が手掛けたドラマシリーズ(2005年)では、ヴォランド役のオレグ・バシラシュヴィリが撮影中、一時的に声が出なくなった。また、記者によると、映画の公開後に俳優たちの「謎めいた連続死」があったという。数年の間に18人の俳優が亡くなったというのだ。もちろん、迷信に過ぎない。しかし、『巨匠とマルガリータ』の映画化に様々な困難が付き物なのは事実だ。最新作も例外ではない。

 当初、監督にはニコライ・レベジェフ(『伝説の17番』)が起用される筈で、レベジェフ自ら脚本も書き上げていた。しかし、ブルガーコフの子孫が複数の企業に権利を販売していたため、権利上の混乱が生じていた。ロシアで映画が制作されるのと並行して、ハリウッドでもバズ・ラーマン(『華麗なるギャッビー』)の指揮による企画も進んでいた。

 法的な問題が解決した頃、今度は新型コロナウィルスのパンデミックが発生、撮影は中止された。レベジェフは戦争映画『ニュルンベルグ』の撮影に切り替え、『巨匠とマルガリータ』は別の制作会社の手に渡り、コンセプトも全面的に見直された。 

2. 監督は、デビュー作『シルバー・スケート』をNetflixでヒットさせた若手の超有望株ミハイル・ロクシン

 ミハイル・ロクシンは当初、CMやミュージックビデオの監督として注目された。2014年に制作したビール「シビルスカヤ・コローナ」のCMには『Xファイル』のスターであったデイヴィッド・ドゥガウニー(彼はロシア系でもある)を起用。もしロシアで生まれていたら、とドゥガウニーが妄想する内容で、この超短編はロシア語圏インターネットでミーム化した。

 ロクシンの映画デビューは『シルバー・スケート』(2020年)。帝政時代のペテルブルグを舞台に、スケート靴を履いた盗賊団が繰り広げるクリスマス物語で、ロシア映画としては初のNetflix Originalsのラインナップ入りという快挙を果たした。これ以前にラインナップ入りしたのはドラマ作品の『アリサ、ヒューマノイド』と『湖へ』だけだった。『シルバー・スケート』はリリース直後から再生回数の国際ランキングでTOP5入りした。

 『巨匠とマルガリータ』の映像化は、ロクシンにとって監督として2作目の映画となった。脚本は、『シルバー・スケート』や『湖へ』(パーヴェル・コストマロフ監督)と同じく、ロマン・カントルが担当した。

3. 本作は、クリストファー・ノーラン作品に特徴的な非直線的なストーリー展開を採用

 ニコライ・レベジェフはより原作に近い映像化を志向して「作家とその読者」にフォーカスした脚本を書いたが、ロクシンとカントルはポストモダンなアプローチを選択し、『プレステージ』や『インセプション』といったノーラン作品に近い構成をとった。

 ストーリーの中心ラインは原作を引き継いでいる。巨匠とマルガリータの恋愛譚も、ヴォランドのたくらみも、キリストと、彼を十字架送りにしたポンティオ・ピラトの外典である「巨匠の福音」も映像化されている。しかし構成はより複雑になり、マトリョーシカのような入れ子構造になっている。1つの物語が別の物語の中で進行し、その中でさらに別の物語が展開しつつ、それぞれのストーリーが平行して進む。

 このような表現が選択されたのも、原作者ブルガーコフ自身の手法を再現する試みだからだ。映画の中の巨匠は、原作よりもさらにブルガーコフ自身に似せられている。現在ロシアで最も人気のある俳優の1人、エヴゲニー・ツィガノフが演じる主人公は、ほぼブルガーコフ本人と言ってよい。ブルガーコフの身に起きた様々な事実、検閲や弾圧との闘い、友人らの裏切りなど、それら全てが幻想的なストーリーラインで再現される。

4. ヴォランド役を演じるのは、『イングロリアス・バスターズ』のスター俳優アウグスト・ディール、ピラト役はBBCのドラマシリーズ『ドラキュラ伯爵』(『SHERLOCK』と同じ制作陣)でおなじみのクレス・バング

 キャスティングは抜群と言ってよいだろう。ヴォランドは狡猾で邪悪な老人として描写されるのが常であった。しかしディール演じる悪魔は陽気でイタズラ好きな、茶目っ気のあるキャラクターであり、モスクワ市民に裁きを下すのを心底楽しんでいる。ロシア人俳優も魅力たっぷりだ。まずは巨匠を演じるツィガノフ、巨匠の愛人マルガリータを演じるユリヤ・スニギルだが、この2人は実生活では夫婦である。スニギルは『ダイ・ハード/ラスト・デイ』や、パオロ・ソレンティーノの『ニュー・ポープ』シリーズで国外の観客にも知られている。

5. 映画のビジュアルは、ラーマンの『華麗なるギャッビー』を彷彿とさせるアール・デコと、スターリン建築風のスチームパンクの融合

 映画の舞台は登場人物たちの精神世界。そのため、1930年代のモスクワを忠実に再現するのではなく、異なる手法をとった。壮大なスターリン様式建築はグロテスクなまでに誇張され、古代メソポタミアのジッグラトを思わせる。また、100㍍のレーニン像がそびえるソビエト宮殿など、計画のみに終わった大建築もCGで再現された。そんな都市の上空を、未来的デザインの飛行船が飛ぶ。

 映画の中のモスクワ市民は、優雅な休日を送っている。会員制の作家クラブではジャズのコンサートが催され、『華麗なるギャッビー』で描かれる豪華な夜会を連想させる。劇場で行われる黒魔術と並行して、パリさながらのファッションショーが開催される。ヴォランドの側近たちは、イタリアのコメディア・デラルテ調に効果的に演出されている。そしてサタンの大舞踏会は、明らかにキリスト教以前や古典古代の芸術にインスパイアされており、古代エジプトやバビロンを思わせるインテリアや服飾デザインが目を引く。

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