詩人レールモントフの散文小説『現代の英雄』:ロシア文学の代表的名作の背景は?

Russia Beyond (Peter Zabolotsky, 1837 / Tretyakov Gallery / Kobunsha, 2020)
 この傑作の主人公は、ロシア文学で読者を最も反発させる人物の一人だろう。

 この小説は、ある特定の登場人物についての短編小説集だ。作者、ミハイル・レールモントフの信じるところによれば、この主人公は、彼の世代の悪徳の権化である。

あらすじ(ネタバレ注意)

 この作品の出来事は、19世紀初めのカフカスで起きる。ロシア帝国は、カフカスのまだ帰順していない、あちこちの山岳民と戦うために、軍隊を派遣している。

 作品は、主人公であるロシア帝国陸軍の若い将校、グリゴリー・アレクサンドロヴィチ・ペチョーリンをめぐって展開するが、出来事はさまざまな人物によって語られる。

 ペチョーリンは、若い将校だが、カフカスに追放されて、ここで勤務している。頭が切れ、教養もあるが、矛盾した性格であり、人生に失望し、スリルを求めている。

「タマーニ」

 ある夜、彼は、盲目の少年がどこかに行くのを見て、追いかけ、その少年が密輸業者と関係があることを知る。ペチョーリンが、お前たちを引き渡すぞ、と脅すと、彼らは彼を殺そうとする。しかし、殺し損ねて、密輸業者は姿を消し、盲目の少年を置き去りにする。

「公爵令嬢メリー」

 ペチョーリンは保養地へ行くが、退屈のあまり、メリーという若い令嬢に言い寄ることにする。思いがけず、ペチョーリンの元恋人も当地に現れ、主人公は、今は結婚している彼女との交際を始める。主人公は、メリーに求愛して元恋人との関係から周囲の目をそらそうとするが、そのメリーがペチョーリンに恋してしまう。

 ところが、メリーを愛していた戦友の将校が、ペチョーリンの情事についての噂を広める。ペチョーリンは決闘で彼を殺す。彼は、決闘したかどでカフカスに追放される前に、「あなたとは結婚できない」とメリーの愛を拒絶し、彼女の心に傷を負わせる。 

「ベラ」

 カフカスで、ペチョーリンは、彼の友人になる2等大尉マクシム・マクシームィチの下で勤務している。あるとき、ペチョーリンは、ベラという若く美しい地元のチェルケス人女性に惚れこむ。そこで彼は、ベラの弟と取引する。彼はベラを手に入れ、彼女の弟は、山賊もやっているチェルケスの商人、カズビッチの名馬をうまく盗み出させてもらう。こうして、ベラはペチョーリンの愛人になるが、彼はすぐに飽きてしまう。 それで、彼はしばしば家を空け、彼女を苦しめる。

 彼が留守のときに、カズビッチはベラを誘拐し、彼女に致命傷を負わせて、自分は逃走する。彼女は、ペチョーリンの腕の中で死ぬ。その後、彼は別の部隊に移された。

「運命論者」

 新しい勤務地で、ペチョーリンの同僚の将校は、いわゆるロシアン・ルーレットで、自分の運命を試すことにした。運命が存在すること、そして死ぬ定めの日までは誰も死なないことを、彼は証明しようとして、銃を頭に当てて引き金を引いたが、不発に終わった。

 ペチョーリンは、その将校に「死相」が見えると口走っていたので、気まずい思いをする。ところが、驚いたことに、その夜、将校は、宴会からの帰途、酔っ払ったコサックに殺されてしまう。ペチョーリンも、自分の運命を試すことに決め、殺人犯を捕えるために命を危険にさらす。しかし、主人公は生き残る。 

「マクシム・マクシームィチ」

 ペチョーリンと2等大尉マクシム・マクシームィチは友人だが、長い間会わなかった。2等大尉の手元には、ペチョーリンの日記が残されていた。2等大尉は彼にたまたま会えたので、日記を返したいと思う。だが、ペルシャに行くペチョーリンは、旧友とろくに話もしたがらず、別れの言葉も告げずによそよそしく去っていく。 

解釈

 レールモントフのこの傑作は、人間のエゴイズムとニヒリズムの破壊力を探求したものと言えよう。ペチョーリンには確かに一種の魅力があるが、嫌悪感を催させるキャラクターとして描かれている。彼は、自分の傲慢と利己主義をもてあましているが、どちらも克服する気はない。

 彼はどこに行っても、周囲の人々の普段の暮らしを破壊し、しばしば悲劇的で致命的な結果をもたらす。

 たとえば、彼は、好奇心から、密輸業者の生業を混乱させる。彼らは、盲目の少年を置き去りにして逃げざるを得ず、少年はこれから一人で生き延びていかねばならない。

 また彼は、自分の都合のために、若い女性の心を深く傷つけ、彼とは違って彼女を本当に愛していた男性を決闘で殺す。さらに、彼は、自分を愛する女性を何の気なしに死に至らしめる。ペチョーリンの行くところ、どこも荒れ地が後に残されるのみだ。

 レールモントフは、彼の主張によれば、現代の悪徳の体現者を描いている。それにより、当時の読者と、作品の関係性を強調する。

 作者はこう信じている。読者は、大団円の甘ったるい物語を与えられるべきではなく、人生をありのままに見る必要がある、と。作品の題名『現代の英雄』も、ここに由来する。

*日本語訳:

中村融訳、岩波文庫、1981年。

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