詩人プーシキンの散文小説『大尉の娘』:ロシア文学の代表的名作の背景は?

Russia Beyond (State Tretyakov Gallery / Kobunsha, 2019)
 これは、詩人アレクサンドル・プーシキンによる愛と義務についての記念碑的名作だ。いわゆる「ロシア人必読の書」のリストには必ず入っている。

 若く、素朴で、やんちゃで、しかし気の良い、貴族のピョートル・グリニョフが軍隊に入るとき、彼の父はいくつかの訓戒を与える。

 「誓いを立てた人には忠実であれ。上官の言うことはしっかり聞け。ただし、媚びへつらうな。仕事をねだるな。だが、義務はちゃんと果たせ。この諺を覚えておけ。『上着は新しいうちから大切に、 名誉は若いうちから大切にせよ』」

 この短いガイダンスは、ロシア文学で最も有名な作品の一つに関するものだ。

あらすじ(ネタバレあり)

 この小説の出来事は18世紀に起こる。裕福な地主の息子、ピョートル・グリニョフは、父親の意向で、軍隊に入れられ、ロシア帝国の辺境の要塞に送られる。

パベル・ソコロフによる『大尉の娘』の挿絵

 そこで彼は、要塞の司令官・ミローノフ大尉の一人娘、マリア・ミローノワと恋に落ちる。要塞の同僚である将校アレクセイ・シュワーブリンは、すでに彼女に求婚していたが、断られていた。この将校は、少女をめぐってグリニョフと争い、決闘で彼を傷つけた。大尉の娘がグリニョフを看護し、彼女は彼を好きになる。グリニョフは彼女と結婚したく思うが、グリニョフの父は許さない。

パベル・ソコロフによる『大尉の娘』の挿絵

 そうこうしている間に、コサックと農民の大反乱が始まる。アタマンのエメリヤン・プガチョフ率いる反乱軍は要塞を占領し、司令官を殺し、グリニョフもすんでのところで絞首刑にするところだったが、プガチョフは、彼が昔自分を助けてくれた人物であることに気がつき、赦免する。 

ニキタ・ファボルスキーによる『大尉の娘』の挿絵

 グリニョフはプガチョフに、自分に恩を感じているなら解放してほしいと言い、そうさせるが、実は、マリアはまだ要塞にいた。しかも、要塞は、反乱軍に寝返ったシュワーブリンの指揮下に入る。やがて、グリニョフにマリアからの手紙が届き、シュワーブリンが、自分の意志に反して結婚を迫っていると伝えてきた。

 グリニョフは、占領下の要塞に戻り、プガチョフに、シュワーブリンの仕打ちを話し、自分の許嫁を解放して自分と一緒に放してくれと説き伏せる。グリニョフはマリアを自分の両親にもとへ連れて行き、自分は、反乱軍との戦いに加わる。 

 反乱が鎮圧されると、恨みを抱くシュワーブリンは、グリニョフを反逆者として告発する。最愛の人を救いたいと願うマリアは、あらゆる手段を講じてついに女帝に謁見する。そして、要塞で起きた出来事を逐一説明し、グリニョフの赦免を請う。

 女帝はマリアを信じる。グリニョフは許され、二人はめでたく結婚する。

解釈

 この作品の核心となる思想は、非常に単純だ。作者は、人々が困難な状況で下す道徳的選択について深く考える。不屈の主人公と、都合のよいときに反乱軍に寝返る将校。この2 人の異なる人物を並置して、プーシキンは疑問を投げかける。なぜ同じ状況で人々は、それぞれに異なる道徳的決定を下すのか、と。尊厳を保つ人もいれば、圧力に屈する人もいるのはなぜか? 

 この作品のもう一つのテーマは愛だ。どうしようもないロマンティストであるプーシキンは、愛こそが人の最高の資質を育み、勇気と意志を強めることを示す。愛し合うマリアと主人公は、その人生行路におけるあらゆる困難に耐え、文字通りお互いの命を救う。

 作品中の出来事は1773~1775年の「プガチョフの乱」を背景に起きており、史実の見事な描写になっている。また、古のロシアの日常生活も活写している。 

*日本語訳:

『大尉の娘』 神西清訳、岩波文庫、2006年3月

『大尉の娘』 川端香男里訳、未知谷、2013年 

『大尉の娘』 坂庭淳史訳、光文社古典新訳文庫、2019年

その他

 なぜ詩人プーシキンが偉大であるかについては、こちらをご覧ください >>

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