1.「パンの日」(1998年) セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ監督
ドヴォルツェヴォイ監督はソ連ドキュメンタリー映画の古典派の監督で、シナリオのよさと興味深い主人公としっかりとした組み立てで高い評価を受けている。「パンの日」はサンクトペテルブルクから80キロメートル離れた場所にある荒廃した駅で撮影された作品。駅の近くに高齢者ばかりが暮らす集落があり、その住人たちのために1週間に1度、鎖が解かれた車両に入れてパンが届けられる。そして住人たちは自分たちで、錆びた古い線路の上を、パンを乗せた車両を集落まで押していく。
冷静なドヴォルツェヴォイ監督のカメラは、最初は軋む車両とそこから車両を動かそうとする高齢者たちの懸命な姿を客観的に捉えた後、貧しい人々と食料品店の店員が一片のパンをめぐって喧嘩する姿を映し出す。動きに焦点が当てられ、まるで演劇のようである。しかし、ここで観ている者は主人公たちの人生にすっかり入り込んでいく。監督は人々と失われようとしている集落の詩的なイメージを作り出しており、作品はヨーロッパで数多くの賞を受賞した。
2. 「ベロフ兄妹」(1992年) ヴィクトル・コサコフスキー監督
世界のドキュメンタリー映画の古典作品となった一作。コサコフスキー監督は、ヘルツ・フランク監督がしたように、映像に「そこに映るもの」以外のさらに何かを表現している。多くの出来事を盛り込むのではなく、芸術性とシンボリズムに重点を置いていることから、一見、単純に見えるストーリーが世界中の観客を惹きつけている。
川のそばに暮らすベロフ家の年老いた兄妹の物語。兄妹はすでに長年、1つの家で共同生活を送っている。日中、2人は一緒にジャガイモを掘り、夜になると食卓で喧嘩をする。兄は酔っ払い、今日も「彼女が目的もなく存在している」と非難し、斧で叩き殺すと脅している。一方、妹は理由も目的もなく、人生を楽しんでいる。2人の生き方はまるで両極端だが、カメラは双方に敬意を示しながら、ゆっくりと2人を交互に映し出す。
3.「ビッチになるには」(2007年) アリーナ・ルドニツカヤ監督
1年前、ルドニツカヤ監督は90分の映画「誘惑の学校」を撮影した。若いロシアの女性たちが特別なコースで、男性を誘惑する技を学び、この知識を活かして人生を生きていくという作品である。主人公の女性たちの失敗や転落を、監督は7年かけて撮影したが、この長いプロジェクトのスタートとなったのが、短編映画「ビッチになるには」である。
この作品では、コーチからトレーニングを受ける狭い部屋で、ヒロインたちは、男心をそそるセクシーなポーズや男性から金を巻き上げる技などを学びながら、幸せを掴むための長く困難な道を歩き始める。西側の映画祭では、古風で家父長的な価値観に対するロシア人女性の視線に歓喜の声が上がった。
4. 「アントンはすぐそばにいる」(2012年) リュボーフィ・アルクス監督
有名な映画評論家、リュボーフィ・アルクス氏の監督デビュー作品は21世紀最強のロシア映画の一つとなった。すべては自閉症の少年が書いたメランコリックな詩「人々」から始まった。この詩はインターネットで拡散されたあと、映画雑誌「シアンス」で紹介された。そしてアルクス監督はこの詩を書いた少年を見つけ出したのである。監督は時間をかけて、がんで母親を失ったアントンが特別な施設で然るべき支援を受けられず、そのためにより一層他人に依存していることを知るようになる。監督は少しずつ少年に近づき、彼にとっての「2人目の母」となり、多くの自閉症の人々が押されている烙印を明らかにしていく。
「アントンはすぐそばにいる」は、現実を変えようという監督の強い意志と呼びかけが込められた作品である。この映画は慈善活動を生み出し、のちに基金が作られた。作品は、「カメラは世界を変え、人間関係のあり方を変える」という伝説的監督ジガ・ヴェルトフの夢を実現したのである。
5.「カメラを持った男(これがロシヤだ)」(1929年) ジガ・ヴェルトフ監督
映画界のピオネール、ジガ・ヴェルトフは映画史において重要な映画の一つを製作した。イギリスの出版社Sight & Soundは、全時代を通したもっとも素晴らしいドキュメンタリー映画にこの作品を選んでいる。ソ連の一般市民の都会での生活を切り取った無声の映像はわずか数秒の長さのものもあるが、そこには低速度撮影から多重露光などありとあらゆる映画の技法が使われている。この「新しい眼」は世界におけるドキュメンタリー映画のマニフェストであり、実際的な参考書となった。
「カメラを持った男」の音楽は、なんども録音された。中でも高い評価を得ているのがマイケル・ナイマンとThe Cinematic Orchestraの音楽である。スクリーンに描き出される白黒の命の活力と現代ジャズが非常にうまくマッチしている。
6.「ワイルド・ワイルド・ビーチ」(2007年) アレクサンドル・ラストルグエフ監督
裕福ではないロシア人が黒海沿岸の細いビーチで夏の休暇を楽しむ様子を描いたこの映画は、そのオープンさと主人公たちの社会的な様相、動物虐待のシーン(動物たちは、観光客と写真を撮らせるためにビーチに連れられていた)で人々にショックを与えた。ドイツ・フランスのチャンネル「Arte」の観客たちは、ロシアのラクダを保護するための社会運動を組織したほどであった。
「リアルな映画作り」をモットーとする(演出、再現、制限を用いない)ラストルグエフ監督は多くの人々を困惑させるような残酷な映画を作った。90分の作品はオランダ、アムステルダムで開かれた世界ドキュメンタリー映画祭で最高賞を受賞した。ラストルグエフ監督が師事したヴィタリー・マンスキーは、「ロシアの日常を描いた叙事詩であり、ドキュメンタリー映画の最高峰である。もしラストルグエフがこの作品しか残さなかったとしても、彼を天才だと言うのに十分すぎただろう」と書いている。
7.「Vivan las Antipodas」(2011年) ヴィクトル・コサコフスキー監督
コサコフスキー監督のもう一つの傑作で、2011年のヴェネツィア映画の開幕作品となった。監督は今一度、ポエティックなドキュメンタリー映画が数少ない映画通だけに愛されるものではなく、多くの観客を相手にした作品と競い合い、成功を収めることができるということを証明した。
映画「Vivan las Antipodas」で監督は地球の中心を通して線を引き、最大限に遠く離れたところに住む地球の裏側の人々と景色の間に深い関係があることを証明してみせた。この映画の制作のため、監督は中国、アルゼンチン、ニュージーランド、スペイン、シベリア、チリ、ハワイ、ボツワナを訪れた。