1. タイムリーで、切実で、深みのあるストーリー
人々を死に至らしめる伝染病をテーマにしたドラマほど今、差し迫ったものがあるだろうか。奇妙なウイルスが突然、モスクワを含むロシア全土で急速に拡大する。症状は血の混じった咳と白く濁る目。人々はまさにゾンビと化していく(幸運にもコロナウイルスはそうではないが)。このウイルスから逃れる唯一の方法は、大都市から逃避すること。そして主人公の一人は首都を離れ、北方の地方にある湖を目指す。そこには打ち捨てられたシェルターがあるのだ。しかし当然のことながら、モスクワの境界線はすべて閉鎖されており、そこに向かうのはきわめて困難である。人々は恐怖のせいで正気を失い、あちらこちらに軍部隊が配置される。
もっともスリリングな物語が、それぞれの登場人物自身、そして家族の人間模様の中で展開していく。登場人物たちが苦しまなければロシア映画とは言えない。主人公の一人、セルゲイは現在の妻とかつての妻の2人を助けなければならない。しかし2人の妻の間でバランスを取るのは容易ではない。元妻は子どもを利用して、セルゲイを巧みに心理操作する。
2. 恐怖とスリルに満ちている
ドラマは最高のスリラー映画の伝統に基づいて製作された。ソンビや犯罪者は非常にリアルに描かれているため、観客は常に緊張状態に置かれる。しかし恐怖を感じると同時に、きわめて困難な選択を迫られる登場人物たちの気持ちに引き込まれてしまう。たとえば、もし病にかかった母親があなたの家に入ろうとしたとき、あなたならどうする?
3. 素晴らしい俳優陣
ドラマでは現在のロシアでもっとも優れた豪華俳優陣が集結しており、それぞれが適役にキャステイングされている。アンドレイ・ズヴャギンツェフ監督の映画「ラブレス」(2017年)に出演したことで知られるマリヤナ・スピヴァクは悪女の元妻役を、そして数々の賞を受賞している美しい女優、ヴィクトリア・イサコワが現在の妻を演じている。またこの一家の隣人役を演じるアレクサンドル・ロバクは強面な外見から、一般的なロシアの強い男性のイメージがあり、野生の熊にも見えるが、内面はいつでもソフトで優しい。
最近のロシア映画界のスターであるアレクサンドル・ヤツェンコは、2017年に賞を取った映画「Arrhythmia(不整脈)」と同じような医師役を演じている。また有名な映画監督ニキータ・ミハルコフの娘で、優れた女優のアンナ・ミハルコワも短いエピソードでの出演ではあるが、見事な演技力を披露している。
4. 余すところなく映し出されるロシアのイメージ
近代ロシアの人々と社会が非常に現実的かつ多層的に描かれている。モスクワの贅沢なライフスタイル、モスクワの中流階級、無能な人々、知的な人々、加えて一般的な地方の市民、田舎の隠者、そして勇敢な救急医などが登場する。そして端役を含め、すべての登場人物が重層的に描かれていて、非常に興味深い。
さらに、ロシアの美しい風景が映し出されており、古い木造建築や冬の道路、小さな地方都市、道路脇のカラオケクラブ、深い森など、とにかくロシアの広大さを感じさせてくれる。そして主人公たちの避難先であるカレリアの湖の真ん中にある人目につかないシェルターは、まさに自然の奇跡としか言いようがない。
5. 現代のフィクション小説が下敷きとなっている
上記の4つのポイントを読んでもまだ納得いかないという人のために、さらに説得力のあるもう一つの理由を挙げるなら、このテレビドラマは現代のロシア文学(古典と同じくらい素晴らしい)の良い一例であるということである。パヴェル・コストマロフ監督の「アウトブレイク」は、新進気鋭の作家、ヤーナ・ヴァグネルの小説「ヴォンゴゼロ」が基になっている。「ヴォンゴゼロ」とは、主人公たちが目指すロシア北方にあるカレリア共和国にある湖の名前である。
ロシア人作家はディストピアやスリラーを得意としている。そのことは、ドミトリー・グルホフスキーの「メトロ2033」、セルゲイ・ルキヤネンコの「ナイト・ウォッチ」、「デイ・ウォッチ」などの例を挙げれば十分だろう。
なお、ドラマ「湖へ」はこちらのサイトPremierからロシア語でご覧になれる。そして、ネットフリックスでも英語字幕とご覧できる。