小説家ニコライ・ゴーゴリの必読書5冊:これを読めばロシアがもっと分かる

Yu.レヴャント撮影/Sputnik, KirstentB/Pixabay, Konstantin Yershov/Mosfilmб 1967, Aleksandr Rou/Gorky Film Studioб 1961
 ロシアの作家ニコライ・ゴーゴリ(1809~1852)をご存じだろうか?悪霊、ファンタジー、風刺、賄賂、ロシアの象徴として定着した「疾走するトロイカ」…。様々な顔をもつ作品世界をのぞいてみよう。

 若い詐欺師がある郡のN市にやって来て、首都の重要な役人になりすます。神学校生が若い娘を教会で弔っていると、娘はいきなり棺から起き上がる。コヴァリョフ少佐が目を覚ますと、自分の鼻がどこかへ逃げたことに気がつく。

 これらは、ニコライ・ゴーゴリの3つの作品の筋にすぎない。ゴーゴリは、最も滑稽で風刺的な作品を書いた人で、またロシアの最も深遠な作家の一人である。ゴーゴリが生まれてから210年ほどが経ったが、彼の作品はいまだに新鮮で、アクチュアルで、捧腹絶倒させる。彼は、ロシア的人間、個性を示し、ロシア社会の問題の多くを定式化し、皮肉った。

 とにかくゴーゴリを読むのは楽しい。ロシアをもっと深く理解したいという方には、彼の作品を大いに推奨したい。

1.『死せる魂』

 ゴーゴリは、この長編の大部分をイタリアで書いた。それ以来、ロシアの作家は、良い小説を書くためには、遠くから距離を置いて国を見る必要があると考えるようになったくらいだ。

 筋は、もうお分かりだと思うが、ゴーゴリの作品の多くがそうであるように、凝りまくっている。中どころの役人チチコフは、地方都NNにやって来て、地主たちを訪ねて回り、「死んだ魂」を売ってくれと頼む。「魂」とは農奴のことだ。

 死んだ農奴も、次の国勢調査までは生きているものとみなされて人頭税がかけられるので、地主にはお荷物だ。チチコフをそういう実際には死んでいるが名目上は生きている農奴をできるだけたくさん買い漁って、それを担保に銀行から大金を借りようともくろんでいる

 ところで、ゴーゴリ自身はこの作品のジャンルを叙事詩と定義している。これはおそらく、この作品に多くのいわゆる事情的逸脱や、ロシアの運命についての考察などがあるからだろう。

 「このようにお前も、ロシアよ、何ものにも追いこされぬ疾風のごときトロイカになって走り去ってゆくのではなかろうか?」

 ゴーゴリは、ダンテの『神曲』のように、「地獄篇」、「煉獄篇」、「天国篇」の三部作を書くつもりだった。ゴーゴリ版「地獄篇」が、我々が手にしている最初の巻で、これは見事な作品だ。ロシアの最も暗い特徴がことごとく――メンタリティーも、国庫からの横領、贈収賄、偽善も、そして悪路も!――、鮮やかにまた滑稽に描き出されている。

 だが、「煉獄篇」を書いているときに早くもゴーゴリは、肯定的人物を書こうとするとうまくいかないことを悟った。伝えられるところによれば、彼は、この第二巻を暖炉に放り込んで焼いてしまった(今日まで残存するのはごくわずかな部分のみだ)。ゴーゴリが衝動的に第二巻を焼くさまは、ほとんど国民的なミームになっている。

2.『検察官』

 この戯曲の始まり方は、『死せる魂』に似ている。地方のある都市に、小役人のフレスタコフが舞い込む。彼は素寒貧で、昼飯を食う金さえない。ところがひょんなことで、街のお偉方全員が、検察官がサンクトペテルブルクからやって来るというのでビクビクしているのを知る。検察官はお忍びで調査に来るという。これを知ったフレスタコフは検察官になりすます。すると、彼のもとへ入れかわり立ちかわり地元のお偉方がやって来てはゴマをすり、金銭その他あらゆるサービスを提供し、市長にいたっては一人娘をめあわせようとする…。

 これ以上のネタバレはやめておこう。とにかく捧腹絶倒すること請け合いだ。ところで、有名な映画監督ニキータ・ミハルコフが市長を演じ、フレスタコフをエヴゲニー・ミローノフが演じた映画版『検察官』がある。監督はセルゲイ・ガザロフ

 『検察官』は、ほぼすべてのロシアの劇場で上演されている。

3.『ディカーニカ近郷夜話』

 ゴーゴリは、現ウクライナ・ポルタヴァ州に位置するソロチンツィで、小地主の家に生まれた。ウクライナはかつて「小ロシア」と呼ばれたことがあった。ゴーゴリはこの地方の生活、習慣、伝統、農村の暮らしぶりを見事に描いている。彼の二つの短編小説集、『ディカーニカ近郷夜話』と『ミルゴロド』は、とくに彼の故郷を題材にしている。しかしかつて「小ロシア」では、ゴーゴリがあまり好まれなかった時期があった。あまりにもロシア的な作家だというわけで。

 『ディカーニカ近郷夜話』には、ほとんどホラー風の怖い話も含まれている(『五月の夜(または水死女)』や『恐ろしき復讐』など)。あるいは逆に陽気な話もある(『降誕祭の前夜』)。しかし、いずれも邪悪な力、悪霊と結びついている。

 同時代人たちはこの短編集を賞賛した。これに類するものは、ロシア文学にはまだなかったので。しかし、ゴーゴリが悪霊や神秘主義に凝ったことは(他の作品でもそうした傾向は明白だ)、彼自身の人生に痕跡を残した。

 たとえば、ゴーゴリの墓をめぐっては多くの神話がある。作家は、モスクワのダニーロフ修道院に埋葬されたが、修道院がソ連時代に解体された際に、遺体はノヴォデヴィチ女子修道院の墓地に改葬された。そのとき遺体に頭蓋骨がなかったという噂が流れた。また他の噂によると、遺体は不自然な姿勢をしていた。ゴーゴリは「昏睡状態」のまま埋葬された可能性があるという。伝えられるところでは、それは生前のゴーゴリが最も恐れていたことだった。

4.『ミルゴロド』

 この作品集は、『ディカーニカ近郷夜話』の続編とも考えられるが、はるかに深くシリアスだ。4つの物語はすべて独立しており、それらが一つの作品集にまとめられていることは、すべての読者が覚えているわけではない。

 なかでも最も有名な作品は『ヴィイ』である(その筋は、この記事の冒頭にごく簡単に紹介しておいた。神学校生が若い娘を教会で弔っていると、娘は棺から起き上がる…)。この作品にもとづいて、何本かのホラー風映画が撮られている。

 『タラス・ブーリバ』も必読の作品だ。これは、コサックとその二人の息子の物語で、父子は戦場に赴く。愛、裏切り、そして息子殺し…。「わしがお前を生んだのだから、今度は殺してやる」は、名文句として流布した。

 『昔気質の地主たち』は、年老いた、子供のいない夫婦の平和で穏やかな暮らしを描く。夫婦の感動的な愛の物語だ。

 もう一つの作品、『イワン・イワーノヴィチとイワン・ニキーフォロヴィチが喧嘩をした話』は、読んで字のごとく、二人の友人が些細なことから喧嘩する話だ。滑稽だが悲しい中編である。

5.一連のペテルブルク物

 こう見てくると、ゴーゴリの作品が一筋縄でいかず、互いに似ていないことが分かるだろう。『ディカーニカ近郷夜話』と『ミルゴロド』におけるウクライナの民間伝承、チチコフとフレスタコフの地方都市の冒険の後、今度は我々は、ロシア帝国の首都に飛び込むことになる。

 サンクトペテルブルクを舞台とした一連の作品は、冷ややかな首都に生きる「小さな人間」の生活を描いている。目抜き通りの「ネフスキー大通り」を闊歩するのは、人格ではなく、さまざまな口ひげや頬髯だ。真新しいフロックコートやシルクハットが、これ見よがしに通り過ぎていく。

 『肖像画』の筋は、ドリアン・グレイも羨んだかもしれない。若い画家が、ある金貸しを描いた、呪われた肖像画を買って、発狂してしまう!

 幻想的な物語『鼻』では、コワリョフ少佐の顔から鼻がどこかへ逃げるのだが、サンクトペテルブルクにはその鼻の記念碑が立っている。

 しかし、ロシア文学における「小さな人間」についていえば、最もしばしば言及されるのは『外套』だろう。その主人公は、物言わず苦しみ、反抗することもない…。主人公アカーキー・アカーキエヴィチ・バシマーチキンは小役人で、自分のすべてを仕事に、すなわち書類の清書に捧げている!彼は、有り金ぜんぶはたいて新しい外套を仕立てさせるのだが、この外套をめぐって恐ろしいことが起きるのだ…。

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