ロシアを見た最初の日本人の一人についてのオペラの初演 モスクワで

モスクワの国際音楽会館

Moscow agency

 1030日、モスクワの国際音楽会館でオペラ「光太夫」のロシアでの初演が行われる。このオペラは日本人声楽家、青木英子の脚本にアゼルバイジャン人作曲家ファルハング・グセイノフが曲をつけたもの。ストーリーは1782年にアリューシャン列島のアムチトカ島(現在は米国の領土である)に漂流し、その後10年かけてシベリアを横断し、ペテルブルクに辿り着き、エカテリーナ2世と謁見し、彼女の助けにより祖国に帰還することができた日本の商人、大黒屋光太夫の実際の出来事を下敷きに書かれた。エカテリーナ2世は大黒屋光太夫をロシア最初の遣日使節の足がかりとし、当時26歳だったアダム・ラクスマンを日本に派遣した。

 オペラの著作権を持つ青木出版社の青木義英社長は「これは素晴らしいストーリーで、ロシアと日本の友好関係史において非常に大きな意義を持っている。2月にモスクワ音楽劇場“アマデイ”のオレグ・ミトロファノフ芸術監督からモスクワでオペラ“光太夫”を上演しないかという誘いを受けた。ロシアの人びとにもこのストーリーが知られ、この初演が両国の友好強化の助けになるよう願っている」と述べた

 ロシアにおける「光太夫」の初演は30年をかけて実現された。青木社長がロシア通信社に伝えたところによれば、1990年代に平和条約締結式で演奏することが予定されていたという。しかしその後、ソ連邦が崩壊し、オペラ初演の話は頓挫した。

 青木義英氏に母親であるはオペラ歌手で、長年、日本人が主役で、日本と外国との関係をテーマにしたオペラの制作を夢見ていたという。そしてついに桂川甫周の「北槎分略」に出会った。そこには大黒屋光太夫が辿った運命についてのあらゆる詳細が描かれていた。作曲家を見つけるのに6~10年を費やした。そして見つけたのはコンクール「シルクロード」の入賞者、ファルハング・グセイノフであった。アリアの歌詞はまず日本語で書かれ、それから作曲家で歌手のニキータ山下によってロシア語に翻訳され、メロディに乗せられた。

 アンドレイ・ブレウス、エレーナ・オコルィシュワ、エレーナ・セミョーノワ、平岡貴子など、日露の歌手が出演するこのオペラはロシアと日本の相互年の一環として上演される。

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