プーシキン美術館の未来

Lori/Legion Media
 モスクワの「A.S.プーシキン国立造形美術館」が、クレムリンから徒歩5分の場所で、創設者イワン・ツヴェターエフの夢だった巨大な「美術館街」に生まれ変わろうとしている。

 国内有数の大きな美術館であるプーシキン美術館が、さらに大きくなろうとしている。「美術館街」の建設が始まった。第一期工事は~2019年、第二期工事は2020~2023年に行われる。第一期工事後、救世主ハリストス大聖堂の向かい側から、美術館施設の一部がふっと消えてしまう。地下の世界になるのだ。

 プーシキン美術館が創業して100年以上。コレクションは著しく増えた。モスクワ大学の造形美術室と古代美術品をもとに石膏品美術館として考案されたこの美術館は、レンブラント、ティエポロなどの印象派の画家の作品が集まったロシア最大の西欧美術館に成長し、世界に知られるようになった。

 特に活発な収集が行われたのはロシア革命後。コレクションは年々増加し、本館の建築家ロマン・クレインの想定をはるかに上回るようになっていった。1980年代、当時館長を務めていたイリーナ・アントノワ現総裁は、近隣の建物を組み入れながら美術館の敷地を拡大する作業に着手した。

建築事務所「メガノム」のプロジェクト\n<p>建築事務所「メガノム」のプロジェクト</p>\n
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建築コンペの優勝案

 6ヘクタールの敷地にある約30棟の建物は、様式も時代もバラバラで、コンセプトの統一が必要だった。この課題を解決しようとしたのは1980年代のことであるが、さまざまな理由で延期されていた。

 2006年からイギリス人建築家ノーマン・フォスター氏が改築プロジェクトに参加していたが、2013年に降りたため、新たにコンペティションが実施された。2014年、ロシアの建築家ユーリー・グリゴリャン氏とその建築事務所「メガノム」が優勝。歴史的建造物である美術館の建物を統合し、公園をつくり、ヴォルホンカ通りに新たな遊歩道を設け、さらに開放式所蔵庫のある地下空間を設置することを提案している。

 美術館街のコンセプトを作成したのは、コンサルティング会社「アヴェスタ」。パリのポンピドゥー・センターやベネチアのプンタ・デラ・ドガーナ美術館のプログラムも作成している。コンセプトの主な特徴は、季節に応じた美術館生活、新しい方向性「プーシキンのデザイン」と「プーシキンのモダン」の設定、来る人すべてを歓迎する環境。

 アンナ・トラプコワ副館長によれば、美術館の建物の間のスペースでは、パブリックアートが展示される他、暖かい時期にはフェスティバルやコンサートが催されるという。秋、冬は、イベントが地下で行われる。本館の下には、その外形に沿った観客席付きの大ホールが設けられ、ここからほぼすべての主要な建物へとつながっていく。地下には常設展、企画展のスペース、カフェ、ショップ、いこいのスペースなどもある。

 

「個性」のある街

 それぞれの建物に「個性」がある。例えば、ヴャゼムスキー・ドルゴルコフ邸には巨匠美術ギャラリーが、ストゥロフ集合住宅には文館(図書館)ができる。ゴリツィン邸には印象派とポスト印象派の作品が入り、これらの作品が所蔵されているギャラリーにはデザインにあった作品が展示される。

 地下の開放式所蔵庫の作品は、地上の建物の作品と、テーマでの統一がはかられる。この場所の作業はすでに始まっており、「美術館街」の唯一新しい建物「所蔵・修復センター」も建設されている。ここには開放式を含む所蔵ゾーン、修復工房、展示場が入る予定。これらの建物がオープンした後、ヴォルホンカ通りの本館の改築が始まる。所蔵品の移動で開いたスペースには、古代の世界に関連した常設展が設けられる。

 プーシキン美術館の敷地は4万9000平方メートルから10万5000平方メートルまで拡大する。これにより、現在の年間300万人の2倍の訪問者を受け入れることができるようになる。未来の様子、全作業が終わった後の様子を、すでにウェブサイト「美術館区」で見ることができる。未来の巨大な施設の一部は来年にもお目見えする。歩行者ゾーンは拡大し、ヴォルホンカ通りは並木道に変わる。