陶芸に魅入られ

マルク・ボヤルスキー撮影
 11月、モスクワのプーシキン美術館で日本研究家や日本文化愛好家たちが待望していた展覧会「楽焼:茶碗のなかの宇宙」が閉幕した。実はモスクワにもそうした宇宙もあれば、その創り手もいる。その人プロホル・コロソフさんは日本研究家であり、自分の手でこねた粘土の作品を持ち帰るKVN-Studioという陶芸工房の共同設立者である。

忍耐こそ創造力

 ―楽焼展へは行かれましたか?

 ええ。あれは日本の陶芸を全く知らない人たちのためのものですね。陶芸家の私には作品を横から見るのが面白かったです。

 ―日本の陶芸であなたが指針とするものは?

 10~12世紀ごろに起こり今も発展し続けている日本の陶芸、いわゆる六古窯です。また、文化的に自分に近しい日本の芸術家たちは意識しています。例えば、Haroshiは私の好きな日本の現代彫刻家の一人です。

  ―あなたのスタイルは何と呼ばれていますか?

 日本の陶芸にインスパイアーされたオリジナルな陶芸です。すべての陶芸家にとって大切なのは忍耐です。作品と相対していればいるほど、それだけ好い成果、創造力ががもたらされます。

 美の面では侘びと寂びですね。形の素朴さと時の感覚、私はそれらをこのように捉えました。

 マルク・ボヤルスキー撮影

日本で刺激養う

 ―そもそもの発端は?

 学校を卒業すると、私はモスクワ建築大学へ進もうとしたもののかなわず、モスクワ外国語大学に入りました。スペイン語か日本語を学ぶように勧められましたが、スペイン語はすでに学校で習いはじめており、何か新しいものをやりたかったのです。

 3学年が終わった夏に東京の語学学校へ行き、それが私の世界観を一変させました。自分はこの国へ戻りたくなると感じました。勉強と並行して、両親がやっている陶芸工房を手伝うようになりました。当時、モスクワでは日本食ブームが始まり、うちではイチバン、タヌキ、ニェダーリニイ・ボストーク(遠からぬ東洋)、セイジといったレストラン用陶器を作るようになりました。

 ―今も注文はありますか?

 いいえ。一時はハバロフスクからカリーニングラードに至るロシア全国の1500軒以上の店を相手にしていました。2011年、工場は倒産へと傾き、そこを後にすることになったのですが、私たちが運び出せなかったユニークな製品の型が200~300以上残っていたのでとても残念でした。

 ―まさにそれがKVN-Studioの起点となったのですか?

 はい。その時、私は日本の陶芸の教室を組織しました。日本に憧れる人たちが私たちのもとへやってきて、楽焼に似た茶碗を型通りに手でこねて作るのでした。

 3年後、私たちは日本へのこだわりを捨て、一つの小さな作品を作るために3回の授業からなる講習を始めました。これは功を奏しました。受講生は全部で22~24人で、一度に6人ずつ授業を受けています。この半年は、希望者は順番待ちとなりました。

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 ―今は日本とのつながりはないわけですか?

 震災後5年に因んだプロジェクトを一つ準備しています。2月には日本へ行って新しい構想を持ち帰ることと思います。毎年のように日本を訪ねてインスパイアーされるというのが理想です。 

 ―日本で惹かれるところは?

 すっかり身近になった東京、その行き届いたところや細やかな配慮、本物の美味しい和食、それから、東京の騒がしい通りでさえ感じられるやすらぎも。

 日本の文化は私の心を満たしてくれました。でも、私は自分を見失うことなく、常に自分自身でいられます。当面はここで家族経営にいそしみます。私の目標は、うちの事業を、家族経営から、世界のどこからでも管理できる申し分のないビジネスへと発展させることです。