ロシアの“国民的な”バッグと言えば

Getty Images撮影

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スタイリストたちは、女性の衣装箪笥にはたくさんの種類のバッグがあるべきだという意見で一致している。最低でも5~6種類の形と色が必要だという。そこで多くのロシア人男性は目を丸くしてこう言うにちがいない。「なぜそんなに!?二つもあれば十分だろう?」。ロシア人女性の大多数の意識では(とりわけ高年齢層においては)、ましてや男性にとっては、バッグとは、うまく全体のファッションを補う流行のアクセサリーなどではなく、物を買ったり持ち運んだりするための普通の袋にすぎないのだ。

中世ロシアのデコレーション 

 最古のバッグは、考古学者たちによってノヴゴロド、プスコフ、モスクワなどの古都で見つかっており、15~16世紀のものとされる。これは、14世紀にはポピュラーだった、単に貨幣を入れるためのケースではなく、2つの区画を持ち、たれ蓋とたくさんの装飾のついたものだった。上部につけられた、カットしたロープによってベルトと固定されるか、あるいは革ベルトをつかって肩から提げて着用された。それぞれの部分は太い糸で縫い合わされた何層もの薄い革からつくられていた。

 最も有名なバッグの一つは、モスクワのクレムリンで、クタフィヤ塔のはね橋の下で見つかった。「ベルト付きバッグ、15世紀終わりから16世紀終わりのルーシ」と、研究者オリガ・クジミナ氏が記しているように、このバッグは、複雑な形態をもつ7つの部分から成っており、穿孔とアップリケで装飾されている。一方、ノヴゴロドで発見された例では、現代の女性のバッグとほとんど区別がつかず、とりわけ民族的なスタイルを保持しているところが特徴的だ。それは多量の青銅や銅の留め金や錠でデコレーションされ、ときに動物や植物を象ってもいる。

ヴァレンチン・チェレディンツェフ撮影/ロシア通信

 20世紀間近になるまで、ロシアにおける女性のバッグは、金やビーズ、宝石で飾られた、洗練された小さなアクセサリーであり、ときに動物や果物の形をしていた。貴婦人たちのコケティッシュな気まぐれなといったところ。

 帝政時代のこれほど裕福でない婦人たちは、織物の小さなバッグから普通の大衆的な素材、つまり亜麻やウールのものまで、さまざまなものを身につけていた。現在まで残っているタイプの中には、実際には簡素でデコレーションのない例はない。刺繍やアップリケ、ビーズやモール…ロシアのおしゃれな女性たちは、装飾工芸の粋を知っていたのである。彼女たちは最も質素な方法で美をリードしようと工夫していたのだ。

 

いついかなる状況にも対応する24の部分


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 そして後にソビエトが権力を取ると、ソビエトは荒っぽいプロレタリアのミニマリズムを持ち込んでくるようになった。バッグ(露語スームカ)は、アボースカ( 「万が一、もしかしたら」 の意味) に変貌。このソビエト・デザインの奇跡は、さまざまな色の、やたらと丈夫で絹のようにやわらかいカプロン繊維によって作られたものだった。アボースカは全ソ連の工場で編まれ、クラシックなものでは14列に24の部分からなり、70kgの重量に耐えられるよう作られていた。必要なときには、このアボースカは小さく丸めて簡単に婦人用バッグやポケットへ収めることができた。これは物資不足の状況に非常にマッチしたもので、例えば、ずっと手に入らなかったソーセージが突然、職場の隣の商店の陳列棚に昼休みに「放出」されたときなどのために必要な準備だったのである。「もしかすると、何か買えるかも知れない」、ゆえにこのように呼ばれた次第。

 公平を期すため、革のバッグがソ連の女性の装いから消えてしまったわけではないことも書いておかねばならないだろう。女性はやはり女性である。とはいえこの時代、才能あるデザイナーの努力にもかかわらず、バッグはソビエトの機能主義一辺倒に従わざるを得なくなり、エルメスやルイ・ヴィトンとはほとんど何の共通点もなくなってしまった。ソビエトのバッグの意義とは、まさに「何でもかんでも入る」という点に尽きる。「いついかなる状況にも対応できる」ための化粧品や薬、財布、カギ、アボースカ、ペン、そしてメモ用紙、ポーチ、ハンカチ、サンドイッチの包み、ソーイングキット、パスポートやもろもろの証明書、その他いろいろの細かいもの… 同僚と食べるための手製のピロシキ、そして夜には、ひと晩つつがなく過ごすための牛乳ひと瓶とお店で買った棒パンも入っていたはずだ。

ヴセヴォロド・タラセーヴィチ撮影/ロシア通信

「バッグには私の生活すべてがある!」 

 今日まで、万一に備えて小物を持ち歩くという伝統は続いている。そのため、最もポピュラーなバッグのタイプと言えば、中 型~大型のモデルだ。クロスボディの小さなバッグが気に入るのは、パーティーと空襲警報の両方に備えることなどしない、呑気な若い女性だけだ。クラッチバッグはロシアでは一般的にはまだめずらしい。この奇妙なアクセサリーは、あるいはファッションに凝った女性か、あるいはクラブに入りびたる若い女性が着けている。ついでに言えば、ロシアでは実際のところ、機能やスタイルの観点からバッグに仕切りをつくることはない。ロシア女性にとって理想的なバッグのセットとは、仕事のための書類カバン、ショッピングのためのバッグ、友人と歩くための小さなバッグ、そしてパーティーのためのクラッチバッグであり、彼女らはその中から容易く、目的に合った中型から大ぶりなものを手に取り、肩にかける(願わくば、鮮やかな装飾のついたものを)。

 

私のすべてを取られてなるものか! 

 モードの専門家で、「L'officiel」ロシア版副編集長のエヴェリナ・フロムチェンコさんはポータルサイト dressmenu.ru の『スタイルの教科書』で、このようにアドバイスしている。「女性の『武器庫』には、必ずこれらのものがなければいけません。パーティー用のクラッチバッグ、長いチェーンかベルトのついたバッグ、そして柄の2つついたビジネスバッグ」

 そしてこのようにも指摘している。「女性というのは、必要があるわけでもないものをたくさんいれた、大きなトランクを持ち運びたがるものです。実際、落ち着いて分析してみて下さい。あなたが引きずっているもののうち、1週間の間に使うものがどれだけあるでしょう。私見ですが、幸せな女性は、大きなバッグなど持たないものです」  

 ある女性のそばを、悪漢が車で通り、彼女の手からバッグを奪い取ろうとしたが、うまくいかなかった。彼女はどのようにして自分のバッグを守ったのか。彼女は答えた。「それはあなた、あの中にはわたしの生活のすべてが入っているのですよ!そこにはすべての証明書や書類があり、宝石があり、化粧品が2セット、iPad、Vertuの携帯、iPhone、メガネ2つに、ありとあらゆる小物が入っているのです。それになにより、あのバッグはディオールですから!」

 最近まで、バッグに関する限り「この道一筋」の人は、我が国でもやはり男性だった。ソビエト時代、こだわりのある男性は「ディプロマット」のケースをもっていたものだった。この、側面に2つの針目とクリップがついた、取っ手のある中容量のハードケースは、書類や櫛だけでなく、何か好みのボトルを2本ばかり容易に収納することが出来た。しかし1990年代に入ると、革製の小さなカバン、つまりセカンドバッグが書類やお金、鍵などの手回り品を入れて運ぶのにポピュラーなものとなった。セカンドバッグは誰にとっても、そのクラシックなスタイルにもかかわらず、好みの形で運べるバッグだった。特に明るい色の個性的なセカンドバッグはスポーツウェアとスニーカー、キャップによく合って見えた。最近でも中年から壮年の男性の大部分は、このスタイルを、休日には小さなクロスボディのバッグ、仕事には大きなクラシックな書類かばんといったような効率的な装いよりも好んでいる。一方、若い人たちは流行の「ポストマン・ショルダー」やリュックサック、あるいはビジネス用マップケースを好んで身につけているようだ。