極北のボリウッド

写真提供:ウラジスラフ・モイセエフ

写真提供:ウラジスラフ・モイセエフ

サハ共和国の首都ヤクーツクでは、冬の気温が– 65°Сまでさがる。この永久凍土の地では20年以上も、ヤクート語の映画が毎年撮影されている。映画は盛況で、回収できている。映画関係者は冗談まじりに、ヤクーツクをロシアのボリウッドと呼んでいる。

 神様とは土地であり、自然である

 サハ共和国のロシア人と先住民の人口比率は半々。交通機関の停留所もレストランのメニューもロシア語とヤクート語で書かれている。モスクワの映画評論家から愛されている、ミハイル・ルカチェフスキー監督は、こう話す。「我々は自然を信じ、自然と交流する。遠出する時は道にパンケーキを与えるし、川に対してもいろいろな伝統がある。そしてしっかりと効果がある。何かがうまくいかない時、川と会話しに行って、何かをお願いする。神様は人間ではなくて、土地であり、我々を食べさせてくれる自然である。このおかげで、きっと言語も失わなかった…」

 

ヤクートの皇帝とチンギス・ハンの秘密


 サハ共和国には公営映画スタジオ「サハフィルム」があり、たくさんの監督がいる。サハフィルムが創設されたのはソ連崩壊後。ニキータ・アルジャコフ氏はサハフィルムの監督で、来年には自身の人生で一大作品となる映画を撮影しようとしている。「民族作家ヴァシリー・ダランの長編小説『トィグィン・ダルハン』を映画化する。ロシア人が来る前の時代の最初のヤクートの皇帝に関するもの」。新作の予算は500~1000万ドル(約5~10億円)。

 サハ映画史上2番目に高額な映画だ。もっとも高額な映画はアンドレイ・ボリソフ・サハ文化相が2009年に制作した「チンギス・ハンの秘密」。制作費は1000万ドル(約10億円)ほど。これは例外的と言える。民間映画スタジオは細々と活動している。映画全体の予算は、ハリウッドのヒット作の1日の撮影料ほどである。

 

極北のアクション映画

 ジャッキー・チェンがキュウリ畑で水をまき、ブルース・リーがウシの乳しぼりをし、モータル・コンバットのサブゼロが納屋にいる。サハ共和国の辺境の地で、アクション・スターに扮した映画ファンが、チャンピオンの座を獲得するために闘う。映画「英雄 カップをかけた戦い」の話だ。ヴァシリー・ブラトフ・アマチュア監督は、友人とともに、この映画に10万ルーブル(約30万円)を投じたと話す。街中の映画館(3館)で上映され、DVDも発売された。その結果、この映画の収入は500万ルーブル(約1500万円)になった。これは民族映画の概念の実現である。

 ブラトフ監督は少年時代、ジャッキー・チェンやジャンクロード・ヴァン・ダムの映画を見て育ち、学校でケンカをするのが好きだった。大人になってカメラを手にとり、アクションの撮影を始めた。「友だちがカメラを持っていたから、短編映画などを撮影していた。しばらくしてから長編映画を撮影して、収入を得るためにクラブで上映することにしたら、街中から人が集まってきた。『うまくいくもんなんだ』と思った。40分のギャング映画で、大ゲンカのシーンもあった。学校まるごと出演した」

 次の映画「ヤクーツク2053」で、ブラトフ監督は資金の借り入れをしてみたが、隣のホールで上映されていた競合映画「鉄人3」に負け、失敗した。ブラトフ監督は現在、ホームコメディーを撮影しようと考えている。

 

厳寒の地のホラーは身も凍る

 シャーマニズムとたくさんの神話は、多くのヤクート人の世界観の源となっている。人気の映画ジャンルがホラーなのも、それと関係があるのかもしれない。「ハアハラ」、「ハラナ・ホス」、「超常的なヤクーツク」は、笑えるほど少額予算の映画だ。だがこれら制作費2万ルーブル(約6万円)の映画は、映画館で上映され、大人気となった。


 コンスタンチン・ティモフェエフ監督はアジアのホラーに詳しく、独自のホラーを制作した。自身の作品について、こう説明する。「ヤクート人の信仰には、イエス・キリストが洗礼のために水に入ると、すべての悪魔(シュプリュキュン)が水から中界に出て行くというものがある。もし人が夜中に外に行き、毛布で体を包んで、氷上に開けた穴のわきに座ると、シュプリュキュンに頭を殴られる。痛みを我慢できれば、未来を教えてもらえるが、我慢できなければ、魂を抜かれる」

 「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」風の「超常的なヤクーツク」の制作費は6万ルーブル(約18万円)。興行収入は200万ルーブル(約600万円)。ティモフェエフ監督はこれ以降、映画の撮影をやめた。「映画を撮影したいという気持ちは病。セックスをするようなもの。終わって、数日間は落ち着くけど、その後でいろいろなことが頭の中に浮かんでくる。あらすじのアイデアとか」

 

ヤクートの映画ビジネス

 サハ共和国は、ダイヤモンド、金、石油の産地だ。そして映画でも収入を得られることがわかった。ゲオルギー・ニコラエフ氏は映画館「レナ」で働いている。上映目録の担当者だ。「ヤクートの映画が出てくると、事前にどんな映画か調べる。作品に自信を持てれば宣伝に自費を投じる。初期の映画では慎重だったから、上映1回などに抑えていたが、たくさん人が来るようになった」

 ヤクートの映画は地元の映画館のビジネスモデルに融合し、配給側は喜んでアマチュア監督の映画を採用している。ニコラエフ氏は、映画のレベルがあがり、観客の関心も高まっているが、今のところ現地の配給側に大きな力はなく、ボリウッドを追いかけ、それをこえるようなチャンスをつくるにはいたっていないと話す。

 

写真提供:ウラジスラフ・モイセエフ

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