「レビヤタン」にカンヌ脚本賞

アンドレイ・ズヴャギンツェフ監督=ロイター通信撮影

アンドレイ・ズヴャギンツェフ監督=ロイター通信撮影

第67回カンヌ国際映画祭が5月14日から25日までフランスのカンヌ市で行われ、映画「父、帰る」でおなじみのアンドレイ・ズヴャギンツェフ監督の新作「レビヤタン」に注目が集まった。イギリスの「ガーディアン」紙は「ロシアの新たな傑作」と呼び、アメリカの「バラエティー」誌は「ズヴャギンツェフはパルム・ドールを受賞するか」と書いた。ズヴャギンツェフ監督が今回制作したのは、スケールが大きく、力強く、感情表現豊かな映画。

 舞台はバレンツ海沿岸の町。政府の利益と市民の利益が乖離し、最初から勝者が決まっている国ならば、起こり得る話だ。町長はニコライが妻と息子と暮らす家に目をつけ、その土地を二束三文で手に入れよう(奪おう)とする。事実上の町長は警察から裁判所までのすべてを掌握し、”反抗的”な人間をおとなしくさせる術を知っている。コメディー要素のある日常のドラマは、次第に悲劇へと変わっていく。個人の話が社会の判断、そして未来の予測の対象となる。

 

ユーモアあり、シリアスあり

 映画祭の観客は当惑した。誰も過激な内容をズヴャギンツェフ監督の映画で予期していなかったからだ。現代のロシアにあるすべての病理をあぶりだしている。それは深刻な汚職、役人の前で無力な一般市民、犯罪的な国家ビジネスの仲間の連帯保証、金になびく教会など。

 細かい部分がかなり誇張されているなど、しっかりと理解できるようになっていて、説得力がある。例えば、登場人物たちの絶え間ない飲酒だ。ぐでんぐでんに酔っている交通警察官が車を運転しながら、「ちゃんと帰れるよぉ!だって俺、道路パトロール員だしぃ!」と言うと、観客はゲラゲラと笑う。ユーモアは重苦しさに味わいを与える。

 撮影場所にはほとんど手を加えず、家、教会、船をそのまま映しだしている。スタジオでつくられたのは海岸のクジラのみ。これは酸素がなくて死ぬことを意味している。

 上映日の翌朝、映画祭のどの出版物も作品を高く評価。「『レビヤタン』は大物を仕留めていて、この映画は真の傑作だ」とガーディアン紙は書いている。イギリスの「スクリーンデイリー」誌は造形的な構成を称賛。「凍った魂のように見える、冷たく青い光にすべてが包まれたロシア北部の風景が背景。フィリップ・グラスの大きくうねる音楽の波は、これから途方もないことが起こるということを確信させる。そして確かに起こる…」

 

ロシアで上映されるか

 レビヤタンの記者会見の会場は満席だった。映画関係者は拍手で迎えられた。記者が知りたがったのは、「ロシアで上映されるか」ということ。

『レビヤタン』=写真提供:Kinopoisk.ru

 ズヴャギンツェフ監督はこう答えた。「ロシア連邦文化相は、『才能あふれる映画だが、私は好きじゃない』と言った。好きじゃないというのは当たり前だと思うし、その理由も理解できる。文化相の課題とは世界を良くすることであって、我々は映画で芸術の領域にとどまっている。映画はもちろん辛辣だが、ロシア人だけでない、またロシアだけでない、人間の宿命を描いている。人間と国家の衝突は、強弱の差はあれど、世界のどの国でもある。規定通りではない言葉づかいを指摘されるが、映画で悪用しているわけではない。どの言葉も熟考され、重みを加えられたものであることを信じてほしい。生きた会話は必要な雰囲気をつくりだす。言語を削ることは不可能だし、禁止事項は役に立たない。事前に観客との合意があって、ポスターには『規定通りではない言葉にご注意!』と書いてあるから、行きたくない人は行かない」

 プロデューサーであるアレクサンドル・ロドニャンスキー氏は「映画はロシア連邦文化省と映画基金後援」と述べた。

 ズヴャギンツェフ監督はこう話した。「政府と対立しようとしていたわけではない。すでに新たな構想があって、それを始めようとしているが、特に妨害はなし。文化相には大規模で低コストのプロジェクトがあると伝えたら、『脚本を持ってきて』と言ってたから、今のところすべて順調。文化省は映画を多面的に検討する必要がある。そして映画ではすべての花を咲かせなければならない。政府がこれを理解してくれることを願うし、私はロシアに暮らして映画をつくり続けるつもりだ」。監督の力強い言葉に、会場は拍手を送った。