欧州一の美術品盗難国ロシア

美術館や博物館からの盗難作品数で、ロシアはフランス、イタリアとドイツを凌駕している。=PhotoXPress撮影

美術館や博物館からの盗難作品数で、ロシアはフランス、イタリアとドイツを凌駕している。=PhotoXPress撮影

今年8月、3人の覆面の男が、モスクワから東方へ300キロほどの所にある美術館に所蔵されていたシーシキンとコローヴィンの絵画を盗んだ。インターポール(国際刑事警察機構)によると、美術館や博物館からの盗難作品数で、ロシアはフランス、イタリアとドイツを凌駕している。ロシア内務省は、10億ドル近くに及ぶ文化財が過去15年間にロシアから盗まれ、海外に持ち出されたと推定している。

トップはエルミタージュ 

 盗難被害に遭った作品数でトップになる美術館は、何と言ってもロシア最大の美術館である、サンクトペテルブルクの国立エルミタージュ美術館だ。

 この美術館 は、2006年に発生した宝石類のスキャンダラスな紛失事件と、2001年に発生したジャン=レオン・ジェロームによる絵画『ハーレムのプール』(1876)の盗難により、 広く知れ渡ることとなった。

 100万ドルの評価額がつけられている絵画『ハーレムのプール』は、監視員が短時間保管庫を離れたすきに枠から切り抜かれ、盗み出さ れた。この作品の紛失が判明したのは、2006年モスクワでのことだった。

 犯人は、当然ながらこの著名な絵画を売却処分できなかった。そこで、共産党党首ゲンナジー・ジュガーノフ氏の受付に出向き、紙製の袋に包まれた絵画を警備詰所の近くに置き去っていった。その絵画は4つ折りにされており、何カ所も破損していた。その絵画は共産党党首によってエルミタージュ美術館に返却された。

 

保有者は「死せる魂」 

 2006年に起きた次のスキャンダルは、200点を超える宝石類の盗難だった。その推定評価額は1億3000万ルーブルで、その事実が明らかになったの は、30年近くも不明になっていた資金の監査が公表された後のことだった。

 盗難に遭った全所蔵品のうち、19点については生存中の保管者がいるものとされたが、その他はロシアの愛すべき「死せる魂」によって「所有」されていた。すなわち、亡くなった学芸員たちと、確認作業中に亡くなったラリサ・ザヴァドスカヤさんが、形式上保有していたのである。

 彼女の夫は、公判において罪状を認めた。過去7年にわたり、盗まれた作品は海外やロシア国内各地で売りに出されたが、中にはゴミに出されるものもあった。20万ドルの取得費用を要した諸聖人大聖堂のイコンも、同じ運命に遭った。

 

「警備に回す金がない」 

 多くの美術館の管理体制はお粗末で、優れたセキュリティシステムがない。地方に所在するほとんどすべての美術館が、強盗による被害に遭っている。

 「この美術館には警報通知ボタンがありますが」とペレデルキノのチュコフスキー美術館の警備部長が言う。「ほとんどの美術館には、最低でも警備員の詰所を設置し なければなりません」。

   ボランティアの力に頼って運営している美術館では、警報システムを据え付けるのに必要な資金さえ足りない。

 通常ロシアの美術館を狙う泥棒は、厳重な警備によって守られている財宝を、暗闇の中で巧妙に盗み出すハリウッド映画のような人たちではない。

 1995年、 モスクワのダーウィン博物館の従業員が、新築された建物への引っ越し中に50点以上を盗んだが、それには彫刻、絵画や剥製にされた動物が含まれていた。

 1998年には、モスクワのクンツェヴォ郷土史博物館で、警備員が18〜19世紀の50枚以上のコインを盗み出した。

 1994年、国立エルミタージュ美術館の電気技術士が、評価額5億ドルの最も貴重なエジプトの杯を盗んだ。

 マヤコフスキー博物館の前館長の任期中には、収蔵品のうちの54点が消失した。 新館長のナデージダ・モロゾワ氏は、検察当局に対して公式の書簡をしたため、その他の収蔵品のありかを確認しようと試みた。

 

泥棒たちの大のお気に入りはアイヴァゾフスキー 

 ロシアの泥棒は、海をモチーフとする絵画で有名なイヴァン・アイヴァゾフスキーの絵画が大のお気に入りだ。例えば1991年には、『早朝の海』と題された彼の絵画がセルプホフ歴史美術博物館から、そして1994年には『フェオドシアの日蝕』(評価額150万ドル)が、ロシア地理学協会から盗み出された。

 1997年には、『ナイアガラの滝』がヴォログダ美術館から消え去った。その絵画を売却をしようと試みた犯人は、1997年7月に逮捕された。2003年 8月には、アイヴァゾフスキーの『日の出』と、アレクセイ・サヴラソフの『秋』が、アストラハン州立美術ギャラリーの保管庫から盗み出された。これらの絵画の保険評価額は、それぞれ200万ドルだ。

 実際には、この美術館の保存修復師がギャラリーの館長と共謀していたことが判明した。館長は、4年前に行われた修復作業の際にこれらの絵画を持ち出し、月並みの質の贋作とすり替えてこれらを元の場所に戻した。

 調査では、サヴラソフの作品が修復作業中に損なわれ、その芸術的価値が失われていたことが判明した。被告の3人全員が、2000年のロシア連邦下院(国家会議)によって宣言された恩赦の対象となった。アイヴァゾフスキーの『日の出』は、未だに 見つかっていない。

 

盗品のほとんどが米英のアンティーク商に出現 

 泥棒たちは、ロシアの宗教学者・画家・旅行家のニコライ・リョーリフ(レーリヒ)の作品も大好きだ。2008年、『シャンバラの知らせ』、『教師の影』、『エルデニ寺院の響き』、そして『大工のセルギウス』が、この画家の息子で著名な東洋学者のユーリ・レーリヒが住んでいたアパートから盗まれた。専門家 によると、これら盗難に遭った作品の合計評価額は何百万ユーロにものぼるという。

 ロシアで盗まれた美術品のほとんどが、ブラックマーケットやニューヨークのアンティーク商に現れるということは、言及に値する。

 つい最近でも、国立ロシア文芸文書館から盗み出されたヤコフ・チェルニゴフの絵画何百点もが、そこに出現した。アメリカとイギリスでは、アンティークに対する需要がロシアよりも高く、とくに市場に入ったばかりの時は引く手あまたであるため、盗難品の所蔵歴を隠したり変更しやすいのだ。

 ロシアの美術館から盗まれた作品は、ほとんど毎月の頻度でニューヨークの市場に出現し、クリスティーズのようなオークションハウスにはもっと頻繁に現れる。例えば、マヤコフスキー博物館の所蔵品から盗まれた2点は、同博物館の印がついたままロンドンのオークションに出されているのが見つかった。

 モスクワにあるいくつものアンティークショップやギャラリーに直接電話してみたが、その実情は不明のままだ。ほとんどの担当社は、「お力になれません」といって電話を切った。中には、その店の美術品受理手続きはきわめて厳格で、パスポート提示者にしか対応しないと説明してくれる人もいた。

 

超ロシア的スケール 

 かなり奇妙な盗難事件も、ロシアではかなり頻繁に発生する。例えば2005年には、シベリアのクラスノヤルスク地方にある強制収容労働所の敷地から、重量 50トンの革命以前の時代の蒸気機関車2台を盗み出すという著名なケースがあった。これらの機関車の推定評価額は、何十万ユーロにも及ぶ。

 この事件で最も興味深いのは、エルマコヴォ村の周辺で放置されていたレールすべてが解体されていたという事実だ。泥棒たちは、この地域で放置された古いレールを使って新たな線路を敷くのに何ヶ月も費やし、そのレールを使って機関車をエニセイ川の岸まで運び、平底の大型荷船に載せたのであろうと考えられている。その後、2 台の蒸気機関車は跡形もなく姿を消した。