セミパラチンスク核実験場が閉鎖

写真提供:wikipedia.org

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1991年の今日、8月29日に、ソ連の主な核実験場だったセミパラチンスク核実験場が、カザフスタン共和国の決定により閉鎖された。

広島型の2500発分 

 セミパラチンスク核実験場は、カザフスタン共和国の北東部にあり、面積は、日本の四国とほぼ同じ18500平方キロ。

 1949年のやはり8月29日に、ソ連初の核実験がここで成功して以来、少なくとも468回の核実験が行われた(地上で125回、地下で343回)。

 その威力は、累計で、広島に投下された原爆の2500発分に相当する。

 

部分的核実験禁止条約 

 1963年8月に、アメリカ、ソ連、イギリスの間で、「部分的核実験禁止条約」が結ばれると、実験はもっぱら地下で行われるようになった。

 この条約は、キューバ危機後に、米ソがある程度歩み寄って、核開発を抑制すると同時に、核を持たない国の核開発を難しくして、拡散を防ぐ狙いがあった。

 

グラスノスチ(情報公開)で実験停止、閉鎖 

 ソ連時代、セミパラチンスクの実態は明らかにされず、カザフスタン共和国の東部は放射能で汚染され続けた。

 ペレストロイカ期のグラスノスチ(情報公開)で、同実験場は国際的な非難を浴びるようになり、1989年から実験が停止された。