アニメスタジオ「ソユーズムリトフィルム」設立

1988年のソ連郵便の切手。「ソユーズムリトフィルム」のシリーズ 画像提供:commons.wikimedia.org

1988年のソ連郵便の切手。「ソユーズムリトフィルム」のシリーズ 画像提供:commons.wikimedia.org

1936年の今日、6月10日に、様々なアニメーションスタジオが統合されて、「ソユーズムリトフィルム」が設立された。

 ソユーズムリトフィルムの第1号作品は、白黒アニメの『アフリカは暑い!』で、その翌年にはカラー作品が制作された。1947年には、手描きの長編アニメ『せむしの子馬』が作られ、1957年には、世界のアニメ史を飾る傑作『雪の女王』が制作されるなど、西側とは一味違うアニメの流れを創り出していく。

 また、53年には、人形アニメのスタジオも設立された。人形アニメの最初の成功作は『鉛筆とインク:陽気な狩人』である。

 

『雪の女王』、『チェブラーシカ』、『今にみてろよ!』・・・ 

 1960年代からは、同じキャラクターが登場するシリーズものが次々に作られていく。『マウグリ』、『カールソン』、『ウームカ』、『今にみてろよ!』、『ブレーメンの音楽隊』、『くまのプーさん』、『チェブラーシカ』等々。

 だが、ペレストロイカが始まる1980年代半ばにはアニメ制作数が激減し、やがて公開株式会社に改組されてしまう。

 1999年に、政府の決定でかつての法的地位を取り戻したが、ロシアのアニメは、市場経済下で新たな困難に直面している。

 例えば、世界的な巨匠ユーリ・ノルシュテインは、小説家ニコライ・ゴーゴリの原作にもとづき、1981年から、従来のアニメの常識を覆した『外套』を制作しているが、その価値を誰もが認めながら、資金難などで未だに完成できない。このことが事態を象徴している。

1970年、『ウームカは友達を探しに行く』、ウラジーミル・ポポフ/ウラジーミル・ペカリ監督