インタビュー:リュドミラ・ウリツカヤ

リュドミラ・ウリツカヤさんは「女性を社会の一人前の成員とみなさない東洋の伝統はロシアでも根づよく、3月8日の国際婦人デーは国民に愛される祝日の一つとなっていますが、これは、まさに、女性と男性の不平等な地位を間接的に裏づけるものといえます」と語る。=ヴァレーリー・メルニコフ撮影/ロシア通信

リュドミラ・ウリツカヤさんは「女性を社会の一人前の成員とみなさない東洋の伝統はロシアでも根づよく、3月8日の国際婦人デーは国民に愛される祝日の一つとなっていますが、これは、まさに、女性と男性の不平等な地位を間接的に裏づけるものといえます」と語る。=ヴァレーリー・メルニコフ撮影/ロシア通信

おそらくもっとも著名なロシアの現代作家であるリュドミラ・ウリツカヤは、ロシアNOWに、個人の危機、ロシア社会における性差、ソビエト政権への自身の主なクレームなどについて語った。

 ―『通訳ダニエル・シュタイン』は、純文学とノンフィクションの狭間にある斬新な長篇小説ですが、これに取り組もうとしたきっかけは? 

 さまざまな内面的な事情にうながされてこの小説を書くことになりました。それは私の人生でもっともつらい仕事でした。私自身がこの小説を通して変身したと断言できます。 

 

 ―ダニエル・シュタインのモデルとなった人物とはどんな関係だったのですか? 

 私とダニエル修道士との関係は、直接お会いしたのは氏が1993年にモスクワ経由でベラルーシへ向かう途中に私の家で朝から晩まで一日過ごしたときの一度きりでしたが、とても深いものです。私は、ほかの聖職者、正教の聖職者でやはり故人のアレクサンドル・メーニ神父から、氏の驚くべき運命について伺っていました。残念ながら保存されていませんが、彼らのあいだには手紙のやりとりがありました。この二人のキリスト教会の聖職者に共通していたのは、どちらもユダヤ人であったことです。これはべつに驚くことではなく、そもそも最初の使徒たちはみんなユダヤ人でした。

もっと読む:


幸薄いヒロイン像

 けれども、このことについては、イエスがユダヤの生活のすべての戒律を守っていたユダヤ人であったこと、そして、彼が戒律を犯すためにではなく、それを成就するためにこの世へやってきた、と直接語っていたことと同様、つねに忘れられています。これは、つまり、まさにどんな戒律を成就するためにやってきたのかという、大きな問いなのです。ダニエル修道士もこの問いについてしきりに想いを巡らせていました。 

 この小説は私にとってまさに難行苦行であり、これらの厄介なテーマに押し潰されそうになりましたが、このつらく長い道のりを歩んでいることを悔やむことは一時もなく、私は1993年にダニエルと会って、2006年に本を上梓したのでした。

 ダニエル修道士と会うまで私は深い危機に陥っていました。というのも、私の多くの生きる目標がぐらつきはじめ、私はそれまでの支えが失われるのを感じていたからなのです。けれども、すべてが過ぎ去った今、私は友人たちに「危機は運命の贈り物」と言うことができます。人は、危機を通してのみ成長し、小さくなった衣を脱ぐように新たな高みへ至るのです。

 

 ―小説のテーマを選ぶ際の指針は?

 そうですね、私がテーマを選ぶのではなく、テーマが私を選ぶのです。唯一の例外は『緑の天幕』ですね。私はいわゆる「1960年代人たち」の世代についての本を書くのを自分の務めとみなしました。

 いろいろな話から私が想うに、今の若者たちは、今日設えられている物事のきまりを1960年代人たちの世代のせいにしており、私が毎日目にしている「スターリン化」のプロセスは、ソビエト政権やその苛酷な弾圧の教訓が身に沁みていないことを証明しています。 

 小説『緑の天幕』で、私は、まさに、さまざまな才能と宿命をそなえた1960年代初めの若者たちのそうした断面を、そして、権力がどのように彼らを、ことごとく滅ぼさないとしても、デフォルメするかを描きたかったのです。本質的にはまさにこれが私のソビエト政権へのクレームであり、この政権は、何十年にもわたり人々を恐れさせ、その結果、人々から自負心や自尊心を奪ってしまったのです。

 

 ―あなたはよく「フェミニズムの」作家と呼ばれますが、それはあなたが女性の主人公に特別の注意を払っているせいでしょうか? 

 女性を社会の一人前の成員とみなさない東洋の伝統はロシアでも根づよく、3月8日の国際婦人デーは国民に愛される祝日の一つとなっていますが、これは、まさに、女性と男性の不平等な地位を間接的に裏づけるものといえます。男性はすべての活動分野において優位にあります。もっと正確に述べるなら、少ない労力で多くの報酬が得られるすべての分野おいて。19世紀においてはもっぱら男性の活動分野であった医療や教育は、百年のあいだに主として女性の分野となりました。これは多大の労力や長きにわたる教育を必要とする職業ですが、女性がそれを担わされることになりました。私自身は、自分を「フェミニズムの」作家とは感じていません。自分を男性より劣っていると感じたことはけっしてありませんから。

 

 ―今日、インテリゲンツィアにはどのような役割が与えられているのでしょうか?

 私は、言葉のもともとの意味におけるロシアのインテリゲンツィアはもはや存在しないと考えています。プロレタリアートもそうですけれども。

 知識人はいて、専従者、権力に不満を抱く大衆はいて、もしかすると、それらはソ連時代より多いかもしれません。旧い常套句はもはや効き目がなく、それに代わるものもまったく出てきません。

 民族の復活、民族の思想、過去の偉大さへの郷愁といったひじょうに危うい土壌のうえに空虚なデマゴーグの巨大な雲が立ち込めています。文化圏は狭まりつつあり、このプロセスはヨーロッパも同様ですが、作家には周囲の世界を見つめて可能な限りそれを反映させるという唯一の尊敬に値する使命があり、それで私は見つめているのです。

 

 ―あなたにとって自由とは?

 それがはっきりわかったとき、それについて一篇の小説を書きます。