ピョートル大帝がゴミのポイ捨て禁止令

清掃員、郵便集配人。1846年、 I.S.ボンダレーフスキーのリトグラフ。

清掃員、郵便集配人。1846年、 I.S.ボンダレーフスキーのリトグラフ。

1699年の今日、4月9日に、ピョートル1世が、モスクワにおけるゴミのポイ捨て禁止令を出した。法律の名は、「モスクワの清潔を保ち、ゴミと糞尿を通り及び路地に投棄することを禁ずることに関する」法律だ。大帝は生涯で4000におよぶ法令、布告を出したが、これもその一つ。

 違反すれば鞭打ちか罰金 

 この法律により、モスクワの住民は、ゴミを通りに捨てられなくなり、中庭と道路の清潔、衛生状態を保ち、あらゆる廃棄物は市外に運んで、土で覆うことを義務付けられることになった。

 罰則はかなり厳しいもので、鞭打ちか罰金。しかも“再犯”の場合は、罰が重くなり、罰金の額も増した。その額は10ルーブルというから、当時としてはかなりの大金だ。

 

 下水とゴミ箱も設置が始まる 

 ピョートル以前にも、この種の法令がなかったわけではない。彼の父であるアレクセイ・ミハイロヴィチの治世には、1649年の訓令で清掃員が出現している。これである程度衛生状態が改善されたものの、根本的解決には程遠かった。モスクワの路上には、数世紀にわたり、人間の“生み出す”ありとあらゆるものが転がっていた。

 クレムリンでさえ、ピョートルがここに、現在の省にあたるコレギヤ(参議会)を、そのあらゆる人員とともに置くようになってからは、理想的というにはほど遠かった。

 こういう状況だったから、ピョートルの布告は、モスクワの衛生を担当する役人にとっても、清掃員にとっても、援護射撃になった。また彼の治世には、首都に下水道とゴミ箱の設置が始まっている。モスクワっ子も、罰則が怖かったから、ゴミの投棄はかなり減った。