胸躍る春の謝肉祭

今年マースレニツァは3月11日に始まり、3月17日に終わる =AP撮影

今年マースレニツァは3月11日に始まり、3月17日に終わる =AP撮影

マースレニツァ(謝肉祭)は、異教時代にさかのぼり、キリスト教受容後も残り続けた、古代スラヴの四旬節前のお祭りだ。四旬とは40日を意味し、イエス・キリストの復活祭の40日前(日曜日は計算に入れない)から、復活祭までの期間を、四旬節と呼ぶ。今年マースレニツァは3月11日に始まり、3月17日に終わる。

 一説によると、マースレニツァ(ロシア語では「バター祭」の意)という名前は、ロシア正教の慣習でこの週に断肉をしなければならないものの、乳製品のチーズやバターを摂取することは許されていたところからきたという。

 マースレニツァは、もっとも陽気でお腹いっぱいになる民衆のお祭りで、月曜日から1週間続く。昔は美しい馬具を装着した馬に乗ることが欠かせず、若いカップルは必ず乗っていた。また、氷の滑り台を滑り降りたり、たき火を越えたりするのも一般的だった。

 

冬送りとブリヌィ 

 何世紀にもわたり、民衆の娯楽的特徴を残し続けた。すべては冬と別れ、冬眠している自然を目覚めさせるための行いだ。マースレニツァのシンボルは、女性の民族衣装をまとった、ワラでできた大きな人形で、この人形と一緒に祭りを楽しみ、祭りが終わると人形を保存するか、または人形が手に持っているブリヌィ(クレープ)と一緒にたき火で焼いたりする。

 ブリヌィもマースレニツァのシンボルで、大切な食べ物だ。月曜日から毎日つくり、特に木曜日から日曜日までその量は増える。ブリヌィを作る伝統は、異教時代のルーシでもあった。冬を追い出すために太陽の神ヤリーロを呼ぶが、丸くて色づいたブリヌィは夏の太陽にそっくりなため、これがつくられるようになった。

 どの家の奥さんにも、女系の先祖代々受け継がれてきたブリヌィのレシピがあった。小麦粉、ソバ粉、オート麦粉、とうもろこし粉のブリヌィに、小麦粥やセモリナ粥、じゃがいも、かぼちゃ、りんご、生クリームを加えたり、サワークリーム、卵、イクラなど、さまざまなものを添えたりして、朝から晩まで他の料理などとともに食べ続ける。

 

マースレニツァの1週間 

 マースレニツァの週のそれぞれの日にはテーマがある。

月曜日はお祭り「歓迎」の日。この日は氷の滑り台を滑る。子供たちは朝にワラのマースレニツァ人形をつくり、服を着せ、それを皆で引きずりながら通りを歩く。

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マースレニツァ

火曜日は「遊戯」の日。この日に陽気な遊びが始まる。朝から男女が氷の滑り台を滑り、ブリヌィを食べる。そして未来の伴侶を探す。

水曜日は「美食家」の日。ごちそうの中心はやはりブリヌィだ。

木曜日は「追い出せ」の日。この日は太陽が冬を追い出せるように、人々が馬に乗って「太陽のように」走る、すなわち木のまわりを時計回りにまわる。また、男たちは雪の街を防衛あるいは占領する。これはこの日の重要な行事だ。

金曜日は「丈母」の日。娘婿が丈母のところにブリヌィを食べに行く。

土曜日は「夫の姉妹の会合」の日。この日はすべての親戚の家を訪問し、ブリヌィを食べる。

 

そして最終日「謝罪の主日」 

 日曜日は「謝罪の主日」。親戚や知人に嫌な思いをさせたことを謝罪し、その後陽気に歌を歌って踊りながら、シローカヤ・マースレニツァ(大謝肉祭=最後の4日間)に別れを告げる。この日は大きなたき火をたいて、冬を擬人化したワラの人形を焼く。人形を広場の中心に設置し、冗談、歌、踊りなどで別れを告げる。厳寒や冬の空腹に対する怒りと、楽しい冬の娯楽に対する感謝の気持ちを、冬にぶつける。その後で明るい喚声を上げ、歌を歌いながら、人形を焼く。冬が焼けてなくなると、若者によるたき火越えという、最後の娯楽が始まる。この機敏さ競争でマースレニツァのお祭りは終わる。

 罪を清め落とし、非精進食物を絶つ日とされている、翌日の大斎期(四旬節)の初日すなわち清月曜日に、身を清めてマースレニツァと別れる。

 

元原稿(露語)