モスクワの擬ロシア様式

ロシアでは19世紀末から20世紀初めにかけて、古代ロシア建築をモチーフとした建築様式が流行した。これは擬ロシア様式、また時にネオ・ロシア(新ロシア)様式と呼ばれるが、恐らくモスクワでもっとも美しい建築だろう。

擬ロシア様式の特徴は、塔、色つきの屋根など、伝統的なロシア建築の要素をとり入れていることだ。また、単なるコピーではなく、他の様式の要素とうまく調和するような様式化だった。そのため、このような建築はすぐに見わけることができるものの、同一のものは存在しない。モスクワでは、個人の邸宅、劇場、博物館、鉄道駅など、さまざまな用途で擬ロシア様式が採用されていた。

旧ポゴージン家

12-a Pogodinskaya Street

 擬ロシア様式でも初期に建てられた建物のひとつに数えられる、木造のボゴージン家は、奇跡的に現在まで残っている。建築家ニコライ・ニキーチンが1856年、実業家で文芸のパトロンだったヴァシリー・ココレフから受注して建てた。ココレフはこの家を、歴史家、評論家でモスクワ大学教授だったミハイル・ポゴージンに寄贈した。この家は、ここに位置していたポゴージンの屋敷の離れとして使用され、本、絵画、版画などが保管されていた。ニキーチンはボルガ川流域の百姓小屋を手本にしており、彫刻は皇帝の絵画やアマチュア芸術家であるグリゴリー・ガガーリンの絵画をモチーフにしていると考えられている。

旧イグムノフ家

43 Bol'shaya Yakimanka Street

 美しい宝石小箱のようだと評されるこの家は、100年以上もヤキマンカを彩ってきた。ニコライ・イグムノフは、ヤロスラヴリで工場を営んでいたが、モスクワで家が必要となった時、ヤロスラヴリの建築家ニコライ・ポズデエフを、設計と建築のために招待した。1895年に竣工したが、当時としては破格の数百万ルーブルを要したという話もある。例えば、レンガはオランダから運んできたものだった。建物の外観には、装飾積みや石材彫刻が広く採用されている。

旧ペルツォワ集合住宅

1 Soimonovkii Street

 クロポトキンスカヤ河岸通りには、当時としては珍しい集合住宅がある。ジナイーダ・ペルツォワがこの建物の正式な所有者だった。この土地を購入し、住宅の建設を発注したのは、ジナイーダの夫で、有名な鉄道技士であるピョートル・ペルツォフだ。ロシア様式であることを条件にコンペが開催され、マトリョーシカ職人の芸術家セルゲイ・マリュチンの設計が選ばれた。この建物には賃貸アパートだけでなく、ペルツォフ夫妻の3階建てのアパートもあったが、なぜか個別に入り口がついていた。

GUM国立百貨店

3 Red Square

 この百貨店は未完成な状態で1812年のモスクワ大火に見舞われ、その後建築家オシプ・ボヴェによって再建されたが、19世紀末には老朽化のため、次の再建工事が必要となった。1890年に商人が集めた資金を元手に、建築家アレクサンドル・ポメランツェフの設計に従って、新しい百貨店の建築が始められた。

 鉄筋や鉄鋼構造物など、当時としては最新の技術と建築資材が導入された。技術士ウラジーミル・シュホフが設計した、ガラス製のアーチ型の屋根からは、太陽光が差し込むようになっている。シュホフは後に建設される、有名なシュホフ・ラジオ搭も設計した。

国立歴史博物館

1 Red Square

 国立歴史博物館の建物が建てられるまで、赤の広場のこの場所には、中央薬局の建物(後にモスクワ大学の最初の建物となる)があった。博物館の建設は1875年、建築家ウラジーミル・シェルヴドの設計にもとづいて起工し、6年後に竣工した。あらかじめ建築コンペにおいて、建築様式は擬ロシア様式と条件が定められていた。この建物の塔が、目の前に位置するクレムリン・ニコーリスカヤ塔と似ていることは、偶然ではない。

V.I.レーニン博物館(旧モスクワ市議会)

2/3 Revolution Square

 国立歴史博物館のわきには、大きなえんじ色の御殿のような建物がある。これが何世代にも渡って広く知られているレーニン博物館(現在は国立歴史博物館の分館)だ。1890年から1892年にかけて、モスクワ市議会の建物として建築された。建築コンペで優勝したのは、建築家ドミトリー・チチャゴフだった。当初は薄灰色の建物になる予定だったが、建築が完了した際、元のレンガ色を残す決定がなされて、今の色となっている。

旧財務局

3 Nastas'inskii Street

 ナスタシインスキー横町に位置するこの美しい建物の用途と建設期間は、正面に「ロシア財政融資局1913~1916」のように掲げられている。財政融資局はロシア革命まで存在した金融機関で、金、銀、貴重品を担保に貸付けを行っていた。ニジニ・ノヴゴロドの国営銀行の設計を手掛けた、建築家ウラジーミル・ポクロフスキーとボグダン・ニルスが、この建物を建てた。ロシア建築のモチーフと、バロック建築の要素が融合した建築様式となっている。

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