詩人エセーニンの誕生日

1895年の今日、20世紀ロシアを代表する詩人のひとりであるセルゲイ・エセーニンが、リャザン県の農家に生まれた。彼は叙情詩人、農村詩人などのレッテルを貼られることが多いが、一筋縄でいかぬその世界は、いまでも多くの読者をひきつける。

セルゲイ・エセーニン、1924年

 教員養成学校を卒業して、1912年にモスクワに出る。印刷所などで働きながら、詩作をはじめる。15年、首都ペトログラード(サンクトペテルブルク)に移り、象徴派詩人のアレクサンドル・ブローク、アンドレイ・ベールイらと知り合い、20歳で処女詩集『ラードゥニツァ(招魂祭=復活大祭第一週の墓地での法要)』を出し、好評を得る。

 エセーニンは、1917年の社会主義革命は歓迎した。当人の政治的立場は、ナロードニキや社会革命党の、いわゆる農民社会主義に属していた。

 しかし、革命の現実に幻滅する一方で、西欧の物質文明にも失望する。彼は、愛人の舞踏家イサドラ・ダンカンとともに、21~23年に欧米を旅して回り、その実情を目の当たりにした。

 1925年末、レニングラードのホテルの一室で、自らの血で記した死「さらば友よ」を残し、縊死しているのが発見された。謀殺説もある。

 詩人を語るには、その詩そのものに語らせるにしくはない。エセーニンが1918年の内戦のさなかに、23歳で書いた詩を掲げておこう。はじめに拙訳、それから原文を示す。彼の懐の深さがわかる。読者に勇気を与えてくれるのは、だれよりも絶望の奥底を直視し、そこから立ち上がろうとした人だと思われる。

ナナカマドが赤らみ、

水が蒼みをおびる。

月が照り、物憂げな騎士が

手綱をとりおとす。

ふたたび木立の陰より現れる、

闇が、蒼い白鳥さながらに。

奇跡をもたらす聖骸を

翼にのせて運びきたり。

汝、わが地よ、ふるさとよ、

永遠なる百姓と犬の遠吠え、

しだれ柳の下なるヴォリガ(*伝説の勇士)さながらに、

汝は頭を垂れる。

立て、癒しのときがきた、

救世主が汝を訪れた。

白鳥の歌が

瞳の虹彩にやさしい。

黄昏の犠牲者が

すべての罪を贖う。

風の新たなさわやかさが

いや増す雪に匂う

されど、見えざる土は、

いよいよ温かい…

雨の日の汝を記憶しよう

われ、セルゲイ・エセーニンは。