歴史から学ばない政府

PhotoXPress撮影

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多 くのロシア国民の生活が苦しいときには、社会に対する国家の締めつけをゆるめて、社会により大きな自主性を与えるのが賢いやり方というものだろう。もし政 府が、市民の暮らしをちゃんと配慮するすべを知らないのなら、人々に「正しい行動規範」を上から押しつけたりすべきではない。それをわきまえていたおかげ で、1990年代、政府は複雑きわまる社会的・経済的状況のなかで社会の破局と内戦を避けることができた。しかし、今はどうもそうではないようだ。

政 府は、国民の福祉を今まで通りに保障できないことが分かっているのに、なおも締めつけを強めている。新税を発明し、旧税を「改正」(例えば、車検料の値上 げ)したうえ、「健全な生活」まで国民に押しつけることを決めた。アルコール飲料の販売を厳しく規制することにしたのだ。

政府は、いつも ながら先進諸国の経験を引き合いに出している。けれども、先進諸国の人々は、コネではなく自分の能力でキャリアを築いたり、スポーツや創作活動や旅行を楽 しんだりと、もっと魅力的に時間を過ごすことができるおかげで、群をなして飲酒に走りはしない。政府はこの点を見落としている。そして、ロシアの勤労者た ちが、近所のバーで飲めば財布に響くので、売店でビールを引っかけている、という点を。

90 年代以降の経済改革で、 24 時間いつでもどこでも無制限に酒を自由に手に入れられるようになった。大多数の国民にとっては、改革の目ぼしい成果といったら、せいぜいこれくらいしかないのだ。それなのに政府は、その国民の「健康のために」、酒の売買を「サウジアラビア化」しようとしている。

ア ルコール消費量は減らないだろうし、「健全な生活」の謳歌もないことは明らかだ。逆に、生命を脅かすまがい物の消費が増えるだろう。お上に対する憤まんが つのり、決して罰せられることのない役人たちの厚かましさや横領・着服に対する憎悪と相まって、不穏な状況になるだろう。

しかし、政府はどうやらソ連の原則を墨守しており、市民(消費者)はお上の言いなりになるものと決め込み、自主的な行動の権利を社会から奪っているようだ。

思い違いもいいところである。ソ連がその強力なプロパガンダや抑圧体制にもかかわらず崩壊したのは、まさにそうした幻想によるところが大きい。

けれども、今の政治家たちは、おそらく自国の歴史の経験は自分たちに関係ないと信じ込んでいるのだろう。

  (「ガゼータ・ル」紙)